のーすているよもやま日記 -7ページ目

のーすているよもやま日記

その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

あけましておめでとうございます。

 

と新年を8日過ぎてのご挨拶失礼いたします。

昨年8月以来のブログです。

今年もそんな感じになってしまうかもしれません。

 

新年初のブログは、華やかになんて思っていますが、昨日から、仕事でした。

毎年心機一転と思いながら、年末と変わっていませんでした。

大晦日から、主人の実家の堺で過ごしていました。元旦は、家族そろって、いつものお正月を過ごし、2日は、堺から1時間かけて、私の実家へ。ちょっと父がしんどそうだけど、私が帰ったり、電話をかけると具合が悪くなるのでいつもの、それかなと思ってました。その日のうちに、主人の実家に戻り、3日の夕方までゆっくりしようと思っていましたが、夜に父に電話をすると、38度以上の熱があるというので、翌日、実家へ行き、病院へ連れていくと、インフルエンザにかかってました。予防接種はしていたので、症状はまだ軽減されているかも。食欲はあるのが救いでした。

父は、一人暮らしなので、4日、5日と実家にいくうちに、私もだんだん喉がいがらぽくなり、夜中にせき込んで眠れない状態。念のため、近くの病院で、インフルエンザの検査を受けました。「熱が出てないから、反応でにくいですがどうします?」と言われたけど、この際と検査したら、大丈夫でしたが、まだまだわかりません。

父はインフルエンザになってから、寂しさと心配からぼやきにかわる電話をよくかけてきて、私もかなり疲れてしまいました。

 

7日の仕事はじめは、眠れていないこともあり体調不良。思考は、とんでもなくマイナス

 

75歳近い上司は、休みあけは必ず午前中休むと言って電話してきて、仕事はじめの日も案の定。

新年の挨拶に、数名来られたけど、毎年の事なので、苦笑いしてお帰りになりました。

 

「年末に返事貰えると聞いているのに、まだもらってないんやけど」と、上司宛の電話が入ったり、

 

父から私の携帯に「今日は、何時ごろくるんやー」と電話が入り、「今日から仕事やし、体調悪いから行くの無理やわ。おとうちゃんこそ体調どうなん」

「んーまだ、あかんなぁ。鼻水、咳がとまらん。」

「もう、日にち薬しかないから、おとなしく寝て、しっかり水分とって、用意してあるの食べといて」

と言っても、一人暮らしの寂しさもあって、色々聞かされて、「インフルエンザになったら仕方ないよ」と言っても届きません。

 

また、他から電話が入り、長い話を聞くことになり、(*´Д`)

 

午後になって、上司から、「わるいけど、用事が終わらないから、一日休む」と電話( ゚Д゚)!!

 

体調悪いから、

早く家に帰りたい日になった仕事はじめでした。

 

愚痴で始まった、今年のブログ

 

今年一番に焼くパンは、メロンパン、別名、サンライズ(日の出)にしようかと思いましたが、

去年のカレンダーの 「くろうはまめに、たまにあまーく」という言葉を思い出して、黒豆入りのパンを焼きました。

 

夜中のせき込みも、お医者様の薬では効かず、ドラッグストアで買った漢方薬が良く効いて、おかげで、せき込みも軽減されて、眠れました。

昨日のどよーんとした気持ちよりは、ましかな

 

8日の今日が、仕事はじめにしよ

 

 

 

 

 

 

 

 


先週半ばから、痰ばかりでるので、なんかヤバイかなあと思っていたら、夜中、喘息のような咳が出て、眠れていてもずっと自分の咳を聞いていたような感じで、週末まで続きました。
ようやくましになってきたら、今度は、実家の父が熱を出したと電話があり、週明け、父のかかりつけの病院へ。ついでに私も診てもらいました。
気管支炎おこして微熱もありました。
父は、軽い肺炎。
入院になるかもしれないと言われましたが、
父が他所の病院の呼吸器内科にかかっているので急遽、そこも受診することになりました。
感染症の器質化肺炎だから、一週間薬服用で様子をみましょうってことになりました。

7月半ばに、かかりつけの病院の内科で肺炎と診断され一週間入院していたから今回もまた入院かとやれやれな気持ちになりましたが、今回は呼吸器内科も受診での判断だし、入院せずにすんで良かったと、父の身体より、自分にかかることが軽くて済んだと安堵

父が入院すると、実家の畑の世話にも通わねばなりません。  
先週から母が肺炎を起こし、詰所の隣でお世話になってるし、父もそんな母を面会に行ったし、私も行きました。マスクしていても感染したのかなあ?

お盆は、毎年主人の実家の堺で、お母さんと一緒に、仏様のお供えやお茶をだしているのに、結婚して20年初めてかな、お盆を私の実家にかかるのは。
それだけ、親も年を取ってきていると言うことだなあ

相変わらずマイペースな父

私を思いやるいい言葉はよく言ってくれる

暑いから無理するな
あまりこっちのこと気にせず、嫁ぎ先大事にしろ

さっき電話で
『今日も来てくれるんか?何時ごろや?
悪いけど、草刈り機で草かってくれへんか?』

今日も朝から日が照りつけ、セミが鳴いてる
殺されるわ


親戚、知人、担当医にまで
『この子がいてくれるからわしは助かっとる』
と言い、

『まわりの人に聞いてくれ。わしはどんだけお前のこと喜んでるかみんな知っとるぞ』

『わしも、お前には気をつことんやぞ』

と、よく言われるけど、

私が実家に帰る昼間に
『いつでもいいから』と言いながら
『気になって仕方ないんや。わしもこんな年を取ったら草刈り機も動かしにくての』

うちの実家の他所の隣や裏の土地が草むらになっていて、草がおおってくるのが気になって仕方ないと散々聞かされたら
やらなしゃない!

今年の夏、炎天下で草刈り機、二時間振り回し
梯子に登って庭の木の剪定したり

『さっぱりした。わるかったのお。お前が倒れへんか心配やった』

主人は、私を父そっくりだと呆れてるけど











一昨年、母がお世話になっている施設から、母が軽い肺炎になったと電話があり夕方いくと、
39度台の高熱で、ぐったり
私の問いかけにもしんどそうだけど答えてくれるし、食事も普通食がでたので、少しずつ食べてもらえるように口元に運びました。
半分以上残ったものの、食べる力があることに嬉しくなりました。
高熱でてるのに、普通食が気になりました。
微熱でも、お粥やうどん、口当たりのいいものにするのになあと思いました。

昨日も、夕方母の食事介助へ。
一昨日とは違い、熱も37度台に下がって、言葉もいっぱい発してくれました。

看護師さんから、
『夕べは23時頃、嘔吐されたんです』
と言われ、無理させないように食事介助を言っていただきました。
また、普通食


聞けば、朝も、昼も、食事してないとのこと。
母は、目の前に食事が運ばれると、自ら、玉子焼きを二口食べたけど、『もういい』といって辞めました。

私は、少しずつ口に運んでも、嫌がる
ご飯スプーンいっぱいくらいと、玉子焼きだけ。

点滴で栄養とってるけど、心配 
一昨日は、自分で立つこともできなかったけど、昨日はできたし、食事も焦ったらあかんなあと思いました。


今日も夕方いこうと 思います。
昨日より、また元気になっていますように

立秋を過ぎたからか、ちょっと涼しくなりました。

 

久しぶりの投稿になります。

さっき、母がお世話になっている、施設の担当の先生から、電話が入り、母が昨日から熱が出て食欲もないといわれました。

熱はまだ37度台で、レントゲン撮影すると軽い肺炎になっているといわれました。

若い頃から、しんどくても、「気が負けてる」と言って、頑張っていたのもあるのか、

認知症の母は自分から、症状も言えず、我慢してたのかなあと思うと、

胸が痛いけど、お世話になっているところは、医師も看護師も、介護士さんもいてくれる。

お任せするしかありません。

 

一昨年の10月、高熱が1か月続いて、その時は、覚悟をしました。

毎日仕事が終わってから、母の側で食事の介助をしました。

その時は栄養の高いゼリーを3つ出ていました。

 

口元にもっていってあげると、吸い込むように食べてくれました。

その姿を見て、

食べる力があるから大丈夫と思えました。

 

今日の夕方、食事介助に行きます。

どうか食べてくれますように。

食べるは、生きる力につながるものね

 

すぐ元気になってね

またまた、投稿の続きになります。

 

げろげろさんのワークショップも、終わりだなあ、楽しかったなあと思っていたら、今度は

いろいろな形にカットされた木を選んで、自由に何かを描く事になりました。

 

書の緊張と楽しさで勢いづいたのか、甥っ子は、描き始めます。

先ほどの書と同じ絵でしたが、二人は、今大事にしているものを生き生きしながら描きました。

 

ゲロゲロさんから、篆刻が作れる消しゴムはんこの台を二人にプレゼントしてくだり、ここまでしてくださるなんてと嬉しくてたまりませんでした。

まだコンサート会場に座っていたい気持ち

すると、また幕が開き、今度は、ゲロゲロさんの紙芝居が始まることになりました!!

 

ゲロゲロさん、町内の幼稚園や、あちこちで紙芝居をされていて、私も一度は見てみたいなぁと思っていました。

日本の昔話「おだんごころころ」

紙芝居は、「ピクチャーストーリーショー」と英語でいいの?と義弟に確認され、

 

「ロングロングアゴー ローングローングアゴー 」

私の前に座る甥っ子は興味津々

 

物語に出てくる、いいおじいさん、おばあさんは、グランドファーザー、グランドマザー

団子は、ライスボール お地蔵さんは、ストーンゴッド、でも位は低いをジェスチャーで

鬼を、ジャパニーズサターン

鬼を追い払うために、おじいさんが鳴きまねをした、鶏の登場の時には、「クックドゥルドゥー」と泣きながら、鶏そのものの動き

義弟も甥っ子も受けてる受けてる!!

私も大笑い!!

隣に住む、おきまりの欲の塊のおじいさん、おばあさんの登場いは声色もそのもので、鬼を追い払うための鶏の鳴き声もだみ声で、

鬼にとっちめられる姿も最高でした。

 

ゲロゲロさん、私たちのためにいろんな事考えてくださって、最高のおもてなしをしてくださいました。

楽しい時間は、おしまい

 

夜になって、高校の陸上部の同窓会から帰ってきた妹と電話で話をすると

甥っ子は、梅の庵での事が楽しくて、凄く面白くて、

習字をしたり、絵を描いたり、最高だったと興奮していたと聞きました。

 

「うちの、息子達、野菜、嫌いなのに、お料理全部美味しかったって喜んでいたわ」

そしてげろげろさんご夫妻が

「ほんま、ここまでしてくれはったんやなあ」と言っていました。

 

「言葉通じない同士過ごすのもいいなあ」

 

おいおい!!と一瞬つっこみそうになりましたが、

凄く楽しかった。

 

 

あまり逢うことができない、妹家族

義弟も、甥っ子も妹を通さないと通じることができなかったから、アメリカ人のイメージとは違ってあまりしゃべらないなぁ、感情ださないなあ

大人しいなあと思っていました。

 

だけど、梅の庵で過ごして、思っていたことと違ったんやなあと、思いました。

 

梅の庵をあとにして、桜はもうない吉野山へドライブ

私の好きなビートルズをかけていたのですが、

「ハローグッバイ」が流れると、4人で合唱!!

芸術は、つないでくれるー!!と嬉しい

 

げろげろさん、この日のために、ここまでよくしてくださり、

素敵な日本の思い出をにして頂き、

ありがとうございました。