のーすているよもやま日記 -25ページ目

のーすているよもやま日記

その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

またまた神戸にあるスポーツ店のイベントで、トレイルランに参加してきました。

今回は私の生まれた、奈良!!


私は兵庫県は、行動範囲

前回、六甲でイベントがあったとき、「わざわざ遠い奈良からきてくれてありがとう」

とかすごく驚かれたのですが、2時間もかからないし、大阪からちょっと足を延ばせば行けるところって思ってるし、圏内


でも、兵庫県の方が奈良に来られるとなると、いやぁ、大変だー、朝早いんだろうな、とかこんな遠い所までと心配になります。


今回走ったところは、奈良県に長年住んでいるのに、全く行ったところのないところ。

すぐ行けば三重県だし、

伊勢や名古屋に行くとき、電車で通過するくらいで、山深いなぁ、って印象しかありませんでした。


我が家からは電車で1時間足らず。

駅に降り立つと、周りは閑散としていて、お店も美容室くらい。

その割に自動販売機が3台もあったのが不思議でした。


兵庫県からのランナーさんと合流して、目的地へ


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参道の両脇にお土産屋さんが少し並んでいるのですが、土地の名産品

胃薬、割りばし、こんにゃく


うわーほしい!!と思うのですが、なにせこれから山を走らねばなりません。

お店のお母さんが作られた山椒の実の佃煮、試食させて頂いたら美味しかった



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立ち並ぶ樹がお寺を守っているかのようで、空気もおごそかに感じます。



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凄く長い階段を登りました。よくこんな高いところにお寺を建立されたなあと思います。

昔の人の足腰、根性、気力は想像もつかないくらい強いんだろうな


お寺を後にして、今回トレイルランのメインイベント

川へドボン


川に沿って走るのですが、その間、木立の下を走り、鳥や蝉の鳴き声、川のせせらぎの音が

素晴らしくて、普通の道を走っていたら結構疲れますが、こういうところを走ると癒されるので、疲れ方が違います。


山から流れる川なので、水の美しい事

みんな、最初の足をつけると、つめたーいと歓声を揚げますが、

だんだん、ドボンドボンと入っていきます。


私は、お腹を冷やしてしまうので、足だけつけました



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あまりの気持ちのよさに、まるで温泉に浸かっているような笑顔


そしてまたここを後にして、次のドボンへ


今度の場所はネットの地図にも乗っていない、知る人ぞしるという秘境の、

龍鎮神社というところです。


その神社に近くなると川の上に結界が張られていました。

水の流れも激しくなります。

そして走り進むと、

小さな滝壺があり、そこの水の色がエメラルドグリーン



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あまりの美しさに神秘的なものを感じます。


今度はウォータースライダーも楽しめ、みなさん次々、急流すべりを楽しみ始めました。

私は遊園地のジェットコースターが苦手なので、足をつけているだけでしたが、

でも、一回くらいはしようとチャレンジ


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こんなこと今まで生きてきた中で初めてじゃなかろうか

プールのすべり台はあったけど、恐さが違うし、楽しすぎます

でも一回だけ


これだけでも十分スリルを味わえたのですが、

やはりもっとと言う気持ちになったランナーさんは

小さな急な滝滑りをされました


最初はなかなか降りられなかったのですが、楽しすぎたそうです


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数週間前まであまりの暑さでしたが、

走りながら、毬栗が落ちていたり、稲穂が垂れ下がっていたり、コスモスが咲いていたり


山深いところはもう秋が来ているんですね。


夏ももうすぐ終わり


今年も楽しい思い出ができ夏になりました
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お盆休みが明けて、あの暑かった日々がやわらいだ気がします。

お日様も昇る時間が少し遅くなりました。

だんだん秋に近づいていきますね。


お盆休みは、主人の実家で過ごしました。

パン作りを趣味とされている、お父さんが、お昼ごはんにピザを作ってくれました。



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鶏肉、ウィンナー、ベーコン、那須、玉ねぎ、具だくさんで、贅沢ご馳走ピザです。

カロリー気にせず、美味しいからお腹いっぱいになっても食べたくなります。


15日の夜、我が家にもどり、翌朝、コンタクトレンズをはめようと思ったら、

主人の実家に忘れてきたことに気づきました。


あっちゃー!!


前日

「忘れ物ないか(・・?

また、9月になったら帰っておいでやー」


と私たちの車が見えなくなるまで見送ってくれたお父さんとお母さん。

持って帰りと冷蔵庫に入りきれない食材を持たせて頂き、


いつもありがとうーー!!と泣きそうな気持ちになりながら、帰ってきたのに



「すみませーん。コンタクトレンズ忘れました。今から取りに行きます」

と高速に乗り30分後に到着



「〇さん(主人の事です)も一緒に行こうって言ったんですけど、ゆっくりするって言ってましたので、一人で来ました」


「そらそやで、昨日帰ったばかりで、一週間もたってないのにくるわけないで」

と両親


「今、お父さんパンを焼いてくれたから、食べて帰り」


とお父さんの自信作、フランスパンを頂きました。

お腹一杯だったけど、美味しかったーーーー!!


折角焼かれたのに、お土産に頂きました。


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私は、ほんとうっかりの、そそっかしいというか

8月初め、県内のテレビ局が職場の会長にインタビューに来られました。

会長は、2時間近く話されていました。

テレビカメラも会長だけかと思っていたら、事務所全体も撮影されたいと、撮っていかれました。

撮影後、職場の方から


「あなた、服を裏表反対に着てるよ」

と言われて、服のタグを引っ張りました。


8月15日その放送はありました。

長いインタビューが使われたのは20秒ほど


会長もばっちり


でもでもでも



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しっかり、私の後姿


タグもしっかり


レースのついたタンクトップを着ていたのに、まるで肌着が出ているかのよう


でもほんの一瞬ですが、私より長くうつっていた会長よりもずっと印象に残ってしまいました



明日からお盆休みって所が多いようですね。


今朝から実家に行き、帰り道、父の母方の実家である、父の従兄のお寺に父の野菜を届けました。


お寺は高台にあり、空も山も、町もパノラマのように広がり見渡す景色は最高です。


「まぁ、あがっていき」

と、お邪魔させていただき、私のご先祖様にも手を合わせて頂きました。


父の従兄、昭和4年生まれ。お寺の跡継ぎとして生まれ、小さなころから「お寺のぼん」と呼ばれ今もそう呼ばれています。


他愛もない話をしながら、貴重なお話を聞かせて頂きました。


父の従兄、おじさんが、終戦を迎えたのは15歳でした。

おじさんのお父様は2回も戦争に行き、そのため、お経なんてあげたことがないおじさんは、おばあ様に仕込まれ、お母様と一緒に檀家さんの家を回りました。


その姿が、高野山 石道丸 のようだと、檀家さんが涙されました。


同級生達が、「今日はぼんが、あそこの家、まわるらしいぞ」と話題になり、よく覗きに来られ、「あっち行け!!」と目や手で追っ払ったりしました。


昭和18年、おじさんに弟ができます。

お母様の産後の肥立ちがよくなく、寝込んでしまいました。

同じ町内に住んでいた、叔母様が当時貴重だった、白米の玉子ほどの大きさのおにぎりを持って

「姉ちゃん、これ食べて元気つけて」

とお見舞いに来てくれました。


お腹がすいてたまらなかったおじさんはそのおにぎりをじっと見つめていました。

叔母さんが帰った後、お母様は

「ぼん、私はお腹がすいていないから、おにぎり食べ」


「ほんまか?ほんまにええの」

と夢中でおにぎりを食べました。



「あの時は、母親の気持ちってわからんかったんや。お腹は吸い取るし、きちんと精麦された麦飯やのうて、押しただけの麦飯ばっかりやったから、白米は珍しくて、うまかってなぁ。母親もどんなに食べたかったかと思う」


おじさんの奥さんが

「母親はな、息子がおいしそうにおにぎり食べてくれたらそれで幸せなんやで」


昭和19年


もう、そんなに日が長くないとわかっていたのかもしれません。

お母様が、おじさんに、お父様の袈裟を着てその姿を見せてほしいと懇願されました。

そんなことする恥ずかしくて、嫌だと断ったけれど、

お父様の袈裟をおじさんの身体に合わせて縫い直しました。

「ほんまに、ちょっとだけやで」

お母様は、

お父様の姿を合わせたのか、おじさんの将来の姿を見たのか、

見ている間、手を合わせ涙を流していました。



お母様の最期が近づいていました。

きょうだい、親戚が来てくれていた時、空襲警報が鳴りました。


近所から

「寺、明るいぞ」

と言われ、電球に黒い布をかぶせ、その下の光でお母様を看取りました。


お父様が戻ってこられるのを待たず、34歳で亡くなってしまいました。


お父様は戦地、生まれたばかりの弟、おばあ様と3人で生きていかねばなりません。

長男であったおじさんの肩に全部かかってきました。


その頃、戦死者の遺骨が電車に乗って帰って来ました。

おじさんが、駅まで遺骨を迎えに行き、先頭を歩き、お家まで行きました。

日に日にそういう日が続くようになりました。一日に3軒もあったこともありました。


月命日のお経もあげにいかねばなりません。

学校が終わってから、行くと、今頃来たのかと追い返されたこともあり、

学校に家の事情を話すと怒鳴られ、辞めてしまえと言われ、

家に帰ると、おばあ様が「情けない」と泣き、

心の持って行き場をなくしたおじさんは、お寺の釣鐘のところに行き、何度も泣きました。


おじさんの年代では少年志願兵の制度もありましたが、おじさんは軍需工場で働いていました。

ある日、大阪に行くことになり、国鉄の駅で電車に乗り込みました。

その時、空襲警報が鳴り響き、逃げまどう人達、でもおじさんは逃げることができずその場でうつぶせになりました。


爆弾が堕ちたとき、爆風で飛ばされ、鼓膜が破れ、目の玉が飛び出すからと

うつぶせになりながら、目と耳を指で押さえ難が去るのをまちました。


その時、ものすごい音がし、頭に何かあたり、意識が遠のいてしまいました。

側にいた友人に助けられ、気が付くと、おじさんの額から血が流れていました。

そして、おじさんがうつぶせになっていた数センチ横には弾の跡


弾が当たったときに飛び散った石がおじさんを直撃しました。




高台のお寺から、

「どうせいつか死ぬんや」

とそんな気持ちで町を見下ろしていたらアメリカの飛行機が低空飛行で偵察に来ました。

昭和20年3月の夜中

そびえたつ県境の山の向こうが夕焼けのように大阪の空が焼けています。


以前私の父からも、「あれは夜中の夕焼けやった」と聞いた事があります。



おじさんは、終戦は、工場で聞きました。

ラジオから流れてくる言葉を聞いても何かわからず


あとで、

「負けたんや」

と聞かされ、涙しました。


「戦争さえなかったらな、あんな思いせんかってもよかったんやで」



おじさんのお父さんは、戦地から戻ってこられました。

でもお父さんの弟さんは、ビルマで、病気になり亡くなってしまいました。

終戦後、戦友だった方が尋ねてこられて、最期を話してくれました。



「また、こんな話でよかったら聞きにおいでや。


戦争映画もドラマもやっているやろ。やっぱり映画とドラマやねん。」



「おじさん、ここから眺める景色、ほんまにいいですよね。

でも、戦時中は、空も、山も、町も見ても、いつか死ぬんやなんて思ってみたんでしょ」


「せやねん。景色をええと思って見れへんかったな」


絶対、今日聞いた話は忘れません












夕方に鳴いている蝉の鳴き声が、今朝5時過ぎでも聞こえてきました。

昨日夕立があったので涼しい朝だったからかな


早朝5時に家をスタートして走って来ました。


朝だと、すれ違う人に、

「おはようございます」

と素直に挨拶ができて、爽やかでいいなあなんて思いつつ、

時間とともに、お日様も高くなってきて、2時間近く走っていると、暑さも増してきました。


この時期は爽やかな朝って一瞬です。



今年、私自身仕事の事で色々あって、

2月末で退職して、すぐ仕事が決まって喜んでいたのですが、5月で仕事を辞めました。

㋅の間は、悶々としていましたが、

7月に仕事が決まりました。

週4日で、勤務時間は少ないですが、色々な事を考慮したら無理なくいけるし

1か月間、自分自身様子を見てやっていけそうです。


福祉の関係の事務局のお仕事で、今は引き継ぎの方と3人ですが、もうすぐ局長と二人で、のんびりです。

会議の準備をしたり、資料の作成、

運動会、ハイキング、生け花、料理教室がのあったりと準備に追われながらも、当日は写真撮影などしながら参加できるそうです。


気負わず、いこうと思います。



今日もパンを焼きました。

冷凍してあった酒粕を生地に入れて、自家製の餡で、酒粕アンパン


いい香りがしています。
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食べたいけどなぁ、

もうすぐ夕食作るしな


そんなこんなでまた明日から仕事が始まります


だけど、今週は途中からお盆休み


お盆も主人の実家でのんびりできそうですが

毎年、ご先祖様のお供えがあります。


この時期、お仏壇は華やか。

時間が来たら、小さな器に、精進料理を乗せて、お茶もお供えしたりして、そしてお寺に流しに行くと、さっきまで華やかだったのがすごく寂しく感じるから、

見えないけれど、いらっしゃるんだろうな。


お盆が過ぎたら少しは涼しくなるといいな



実家に行くと、サツマイモの葉が、全く元気がなく、しなしなでした。

雨が降らず、水やりをしてもすぐ乾いてしまい追いつかないと父が嘆いてました。

が、しかし、今日の昼間、なんだか炎天下で育った草や、稲が風に揺られはじめ、

空を見上げれば、灰色の雲、遠くで雷


でもこういう光景ここ数日あっても、結局雨が降らなかった


空を見上げ、

「お願いだから、雨降ってよー」

と思っていたら、ポツポツと落ちてきて、そのうち、稲光、雷、雨がざー!!!

やりました!!

さっきまでしなしなのサツマイモも、他の野菜も、生き生きしだしました。



もう、先週日曜日の事になりますが、

友人に誘われて、スポーツ店のイベントで六甲山のトレイルランに参加してきました。

10キロ、初心者向き、川の中へ!!


トレイルランに興味を持ち始めていて、多少山道を走ってはいるものの

六甲はj初めてだし、10キロだし、初心者だしと気軽に構えていました。


高級住宅街の駅で集合し、初めましての人ばかりの中20数名で六甲山の登山口に行く途中の長い坂道

その道の両サイドに立ち並ぶ家は、高級住宅

おまけに高台にいけばいくほど、豪華さが増していくような、うちの近所も同じ高さでもこんなに家はたちならばないし、おまけに、この坂道上がるだけでいったい何種類の外車を見れるんだーと

別世界でした



いよいよ六甲山の登山口につき、準備体操をして少し歩いたら

いきなり川へ
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これがイベントメインの川へドボン(・・?

と思いきや、

川の石と石を渡り、目の前の岩を登っていきます



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嘘やろー

と思いながらも、腕の力であがったり、脚を思いっきりあげてよじ登ったり

短足だってこと改めて思い知らされたり


みんな前の人が手や足をかけるように登っていきます。

どんな険しいと思うところでも、人が通っていくから道になっているんだなと思いました。


最初は濡れないようになんて思ってましたが、しまいに小さな滝の横もよじ登ったりして

ずぶぬれ


まだかけだしたばかりだけど今までのトレイルランは山道を登って走ってだったけど、

これが本格的なトレイルランなのかなんて思い始めてました。


やっと沢登が終わったと思うと今度はなんとなく足が滑りやすい岩登り


ここまでくると結構な高さを登っていて、見渡す向こうの神戸や大阪の景色がジオラマのようです


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だけどだけど、この岩登り、六甲のロックガーデンて美しい名前がついているのにもかかわらず

人が一人しか通れないような通路で、岩から岩へと移るとき足元は狭いしすぐそこ崖だし、かなり恐怖でした



「ヘリコプターよびたーい。財産ないけど、ヘリコプターよびたーい」

と叫んでいた私。


こわいけど結構楽しんでました



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参加者の人も私もそのころは同じ気持ちで


「これ、初心者のためのトレイルランやんなあ」


でも、人間、目の前にこれしかなければ、いけるもんなんだと勇気が出ました。

初めての人ばかりなのに、途中助け合いながら進みました。


一体感とか同士って気持ちが生まれるんだなあと感動でした。


山の中で昼食をとり、

イベントメインの川へ


さすが六甲の水です。すごく冷たくて、綺麗で、流れる音に癒されて、

山に登っている時、本当は疲れるはずなのにあまりしんどくなくて、

木々のマイナスイオンの力はほんとにあるんだなあと思いました。


川ではみんな全身浸かって、泳ぐ人もいたし、温泉のように浸かっている人も



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最初はマラソン大会の為に走る練習をしてましたが、

最近ではオフシーズンにあちこちめぐり、自然と楽しむことも経験できるようになりました。


後でちらっと聞いたのですが、

今回のコース、川遊びを入れるために、通る道が上級者向けになってしまったみたいよー


初めてでそんなところいけるなんて

大したもんだ