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のーすているよもやま日記

その日のできごと、思いついたこと、ぼちぼちと書いて行きます。

1月半ばから、市内のランナーさんと一緒に朝5時過ぎから1時間走っています。

この間まで、ウィンドブレーカーを着て、裏起毛のついた暖パンをはいて走ってましたが、今朝は、マラソン大会にでるような恰好。

家を出るとき、風も少し吹いていて、寒いなあと思いながら、走っていると、風はここちよく、もう春の風になってきているなあと思いました。

1月、2月初めは毛糸の手袋をさしていても手が凍えました。

6時くらいになると、明るくて、2週間くらい前なんて、まだ世の中夜でした。

 

つい最近、50歳になりました。

 

お誕生日メッセージ、メール頂き、有難うございました。

若い頃、自分が30歳、40歳、50歳になることは、永遠に先の事と思っていましたが、あっという間にやってきました。

この人生経験のなさ、思慮のなさ、弱い精神力、立ち居振る舞い、全く備わっていません。

いいのだろうかと、思いながら、迎えてしまいました。

 

私が、今まで抱いていた、50代のイメージ

何か事があってもあわてない。

人生経験からくる包容力、対応の良さ

何でも知っている

大人だなぁという安心感

 

もっと40代後半で、50歳になることを意識すべきでした。

仕方ありません。

またこれからも日々、経験、勉強。と言いながら、抜けていくことばかりかも。

 

とうとう、今度の名古屋のマラソン大会では、50代女子デビューです。

40代で、フルマラソン4時間切りが出来なかったですが、50代で、絶対4時間切をする!!

おっと忘れていた、50代のイメージ

体力もおちる

 

まだ40代の名残がある今のうちに、頑張っておこう

(ってすっかり体力落ちているのに、気づいていないふりをしてきた、ここ数年)

 

 

おととい焼いたパンは、主人がもっとも苦手なパン

私は大好きなんだけど、全粒粉のカンパーニュ

粉の香りが好きだし、レーズンとくるみを入れたから食感も味もよくなる

健康にもいいと思うんだけどなぁ

主人は幼少のころに食べたブドウパンが苦手で、もう振り向くこともしません。

私もそうだったけれど、若い頃にレーズンのおいしさに目覚めました。

昨夜焼いたパンは、

お正月でもないのに、大好きな黒豆を煮ました。

黒豆って、お菓子、パンとの相性抜群

 

ブログの投稿お休みもしてしましますが、

宜しくお願いします。

 

 

一気に春になった週末

 

昨日は、隣町のランナーの、まりこさんに、奈良と大阪の県境から大阪城の梅林を見に行こうと誘って頂き

 

大阪城って走っていけるのー!!

 

「ここからだと、距離にしたら、20キロ弱やで、スマホのナビを見ながら行けるで」

今迄、大阪城って、

電車に乗って、大阪に出て、環状線に乗って、1時間かかっていってました。

大阪市内はそうやって行くところですが、峠を越え、距離ももっとあると思ってましたが、県境なので、峠は電車で超えてきているし、平地スタートでした。

 

大阪って、平野だなぁ

奈良はちょっと走ったらアップダウン

 

一つ山を越えた南大阪は、大して奈良と変わらない、田舎な感じなのに、歩道がきちんと整備されていて、走りやすかったです。

が、しかし、自転車が爆走です。

自転車に乗っている、若いママさん、ご婦人は、爆走しているとは思っていません。普通なんです。

 

主人の堺の実家の母も、自転車をこぐのがすごく早い。何かコツがあるのでしょうか。

 

南大阪から、東大阪へ移ると、山も遠くなり、3階建ての家が密集して立ち並でます。まだまだ古い家も残っていて、壁、柱の色、屋根瓦、黒ずんでいる表札、昔は商売をしていたんだなという、名残のある、店構えのガラスの引き戸、古い看板がいとおしくなりました。

今よりもずっと人情があふれていたんだろうなと想像しました。

 

だんだん、大阪市に近づいてくると、環状線の電車から見慣れた景色を走っていて、もうすぐ大阪城だと嬉しくなりました。

いろんなお店が建ち並び、道も広く、建物も高い

奈良だと、山を見て、あっち方面に行けば、行きたいところに行けるとなりますが、大阪は、建物であの辺とわかります。

いまだに、高いビルや、ホテルを見ると、見上げて、感動してしまいます。

 

走ってみて、いろいろ感じる大阪でした。

 

大阪城につくと、観光客でにぎわっていて、お目当ての梅林も人でいっぱい。

青空に梅の花の色がとてもきれいでした。

 

 

いっぱい写真撮ったのですが、

感動のまま撮れていなくて、最近は、インスタ映えなど飛び交っているのに、苦手です。

 

一本の木に、三脚立てて、高価なカメラが何台も並んでいたけど、

鶯をまっているカメラマンばかり。

絵にはなるけど、鶯やってくるんだろうか

 

3月11日に、名古屋を走るので、

大阪の街に名古屋の雰囲気を重ねていいシュミレーションになりました。

 

昨日は、あちこちで大会もあって、仲間も、暑さと闘いながら、頑張っていました。

大変だっただろうな

 

前日に、またランナーの完走祈願でアンパンマンを焼きました。

と言っても、メロンパンにアンパンマンの顔を描きました。

タイムラインに投稿したら、

そこは、メロンパンナでしょとつっこまれました。

不気味です。

 

 

 

 

 

 

隣町のおばあちゃんが、

「ぬくふるさむなる」 (暖かくて、雨が降ると、寒くなる)

「さむふるぬくなる」 (寒くて、雨が降ると、暖かくなる)

と、この時期の事をよく言っていたと、聞きました。

昨夜は、すごい雨風でした。

こうやって春が近づいているのですね。

 

長文です。

 

マラソンシーズンも後半。

毎週のようにあちこちで大会があります。

最近週末になると、

ランナーが笑顔でフィニッシュできるように、アンパンマンを作ってます。

シンプルな顔は難しいので、ついつい、遊んでしまいます。

 

昨年の12月に地元奈良の大会に出て、毎年、モチベーションも高く、嬉しくてたまらないのに、去年は夏の疲れがなかなか取れず、気持ちもへこんだまま臨んでしまい、走り終わって、いつもの自分じゃないことに落ち込んでました。

このままなんかなと思っていたら、

 

同じ街のランチームのキャプテンが、一人で走っている私に「年があけたら、一緒に、市民駅伝に出ましょう」と誘って頂き、コースの試走に参加したり、

ランチームのフルマラソン3時間20分で走る、ようこさんから、

「朝5時10分スタートで1時間走っていますが、一緒に走りませんか?」

と誘っていただき、むちゃくちゃ朝早い!!と驚きましたが、1月半ばから、4時半に起きて(時々二度寝もするし、4時45分に起きるようになったけど)、週に4日~5日ほど、仲間と走ってます。

周りは、フルマラソンに出たら、1キロ4分半とか、5分前後で走ってる強者!!私なんぞ、6分弱か、超えてます。

朝一の練習なので、1キロ6分弱のペースで走っていますが、いつも息が上がってます。

 

今迄、自分も練習まあまあ、やっているかなと思ってましたが、

寒いから今日はやめよう、雨が降ってきそう、なんだかんだ言い訳作って休むこともありました。

練習に参加するようになって、練習みんなもっとしてるんやあと、頭打ち

 

こんな日が一日ありましたが、一緒に走ったランナーさんがいつの間にか写真を撮ってくれていました

私は、2012年からマラソン始めましたが、なかなか4時間を切れません。

4時間を切る練習もせず、走っていたら、いつか切れるのではなんて思ってました。

 

目標に向かって、周りは努力していることを目の当たりにして、いつかではなく、これから次のシーズンまで4時間切れる練習をしようと決めました。

 

2月18日に行われた、主人の生まれた堺市スタート、関西空港が見える、りんくうタウンがゴールの大会。

34キロくらいまで、平坦な道が続き、後半にモンスターブリッジと呼ばれるアップダウンが、ランナーを苦しめる大会に出ました。

 

楽しく気持ちよく走ろうをモットーに、

1キロ6分ペースで進もうと決めたのですが、周りに引っ張られてか、1キロ5分45秒から50秒になります。

自分に抑えて抑えてと言い聞かせながら、

それでもそのペースになり、これでは後半やられてしまうけど、まず、20キロまではこれでいこうと進めて、それ以降、5キロ毎今のペースでいけるところまで行こうと決め、後半ペースが落ちて撃沈しても、落ち込まず、最後まで走る!!と決めました。

いつになく、体力があるのも驚きでした。

朝の練習の時に、メンバーの方から、「朝の練習を続けていたら、ペースを守って30キロまで楽に走れますよ」

と言ってくれたことを思い出しました。

 

34キロあたりにくる橋のアップダウンも、毎年、7分近くかかっていたのですが、6分を少し超えるくらいで走る事が出来ました。モンスターブリッジをやっつけて、残り2キロも、またさっきのペースが戻ってきて、最後だから速度をあげようかと思ったのですが、ここで調子に乗ると、脚が攣りだし、痙攣をおこしていいフィニッシュができないかもしれないと思い、楽しく気持ちよく行こう!!と走りました。


 

もうすぐフィニッシュあたりで、仲のいいランナーが沿道応援来てくれていて、元気をもらいました。

去年、この大会で、10キロまで飛ばしてしまい、17キロからおかしくなり、27キロではフラフラ。

30キロ過ぎから脚が攣りだし、情けなくて泣きながらフィニッシュしました。

 

この日は天気も気温も最適も良かったです。

 

フィニッシュゲートがあと数十メートル。頑張れば4時間10分を切れると思ったら

脚が攣ってもかまわないという気持ちになり、そこだけ、その日一番の力が出ました。

4時間9分50秒!!

 

号砲がなって、スタートゲートをくぐってからゴールまでのネットタイムは4時間7分39秒

4時間切の壁は、まだまだ高いけれど、

狙いたいです

今日から3月。

11日には名古屋で開かれる女子の大会に出ます。

私の今シーズン最後のフルマラソン

 

自己ベスト出せたから、四時間きりもよぎりましたが、

今の自分の力で楽しく気持ちよく走ります。

 

 

 

久しぶりの投稿になります。

遅くなりましたが、なかなか投稿ができていませんが、今年も宜しくお願いいたします。

 

ちょっと、長々たらたらとした投稿になります。

 

12年間お世話になった車とお別れすることになりました。

事故数回、ぶつけること数えきれず、車のあちこち、傷まみれ、へこんでいたり、擦れていたり、大切にできなくてごめんなさいがいっぱいです。

それでも、乗車した人すべてを安全に守ってくれていました。

12年の間、一度も一緒に写真を撮ったことがなく、お別れの前に、いろんな角度から撮影しました。

 

 

さて、新車は昨年の12月の中旬に契約に行きました。

いつも担当して下さる、セールスのTさん。

彼がまだ新米だったころに、車を買ってからのお付き合い。

「12年のお付き合いの中で、車なかなか買えなくてごめんね」

と言いながら、Tさん、いつも忙しくされていますが、出会ったころと変わらず、丁寧で、すごく大事にしてくれているなあって感じます。貫禄も出てきました。我が家はTさんでないと車は買いたくないと思っています。

 

契約が進む中、

「車のナンバーどうされますか?」

主人と私は、迷わず、昨年の12月6日に47歳の若さで病気で旅立ってしまった、主人の大切な従妹のみきちゃんの誕生日を選びました。

 

一昨年の12月に病気とわかり、みきちゃんは家族以外に知らさず、亡くなった朝に、初めて、その事がわかりました。

主人とみきちゃん、お互い一人っ子同士だったから兄妹のように育ってきました。

 

主人は、ようやく落ち着いていますが、悲しみは消えません。

 

 

主人と付き合ったころ、従妹のみきちゃんの話がよく出るから、複雑な気持ちだったし、私って必要なん(・・?と悩んだりもしていました。

兄妹というより、なんだか恋人のようだし、しかも主人の母も「あの二人は、恋人同士みたいやで」と言われて、ますます複雑でしたが、

結婚するころには、主人とみきちゃんの仲は、気にならなくなってました。珍しい仲だけど、それが当たり前と思えるようになりました。


 

話はあちこちしますが、

セールスのTさんに

車のナンバーのほかに、ひらがなも選べないかと聞いたのですが、それは陸運局で決まると教えて頂きました。

 

帰り道、主人と二人で

「ナンバープレート、みきちゃんの、“み”の字が来たらいいのになあ。 みきこの、“き”でも“こ”でもいいよな。でも“み”がいいよな」

と言いながら、運転中に周りの車を見ながら、ナンバープレートに “み”が見当たりません。

無理やろうなとあきらめてました。

 

「もし、“み”が来たら、俺、泣くよ」

と主人は言いました。

 

納車の前日 セールスのTさんから、明日の事で連絡がありました。

私は、ひらがなが何になったか、Tさんに聞きました。

 

 

我が家に新車がやってきました。

 

仕事から帰ってきた主人との初対面

 

まず、車の後を見て、みきちゃんの誕生日のナンバープレートに嬉しそう

 

ひらがなを全く気にせず、車の前方へ

 

あんなに気にしていたのに、素通りなんやー

 

「あっつ!」

 

 

やっと気づいたのか

主人は、泣いていました。

 

「“み”やん…」

 

「そうやで、“み”が来てるんやで。みきちゃんと通じてるってことやで」

 

 

前日、Tさんに電話で確認したとき、

 

 

「調べますのでちょっと待ってくださいね。

 

みかんの“み”です」

 

えーっつ

えーっつ

えーっつ

 

こんなことあるんやー

みきちゃーん!!

 

 

車を引き渡しに行ったとき、Tさんにその話をすると、長い間

Tさん涙流して喜んでくれました。

 

「僕、今まで仕事してきた中で、今日が一番うれしいです」

 

新しい車は、本当は、来週に到着の予定でした。

1月21日は、みきちゃんの49日の法要

 

みきちゃんのこれからの行き先が決まる前日に車が届き、ひらがなの奇跡の確率!

主人とみきちゃんは、ずっと繋がっている証拠だと思います。

 

主人は、みきちゃんの結婚式で涙を流すのが夢でした。

数年ぶりの再会で変わり果てた姿を見て涙を流してしまうことになりました。

みきちゃんの49日に、私たち夫婦と仲良くしてくださっている、お花屋さんからお花を届けてもらいました。

 

花嫁さんが、もつブーケに使うお花でアレンジしてほしいとお願いしました。

 

 

みきちゃんが安心して暮らせますように。