小田原旅行から帰って、会社の同僚に
「私、二宮金次郎さん、尊敬してる」
と言うと
「あんた、この間は、誰やら言うとったなぁ。せやせや、井伊直弼どうしたんや」
なんて笑われてしまいましたが、
旅行から帰って、二宮金次郎さんの事ばかり言っていたら
主人が古本屋さんで買ってきてくれました。
表紙の絵から見ると、小学生の子供が読む本だろう、ふり仮名もあり、字も大きいのかと思っていたら、
これが、小さな字で約530ページはあります。
読んでいますが、みさっぺさんに案内していただいた
「尊徳記念館」
に行ったおかげで、難しい表現も、時代背景もなんとかついていけて面白いです。
小田原で生まれた二宮金次郎さん
イメージは貧乏ぐらしで、働きながら勉強がとてもしたい子供
今じゃ、学校の怪談にもなってる
主人が小学生の頃、朝学校に行ったら
金次郎さんの銅像の足が折れていたので、
生徒達は
「金次郎さん、夜中校庭を走っていて、朝になってあわてて飛び乗ったから、足が折れた」
なんて
おっとうと、おっかあを支えた、親孝行な息子
なんだろうなと思っていたら
生家は立派でした!!
大きな屋根、中に入ると、凄く広い部屋
金次郎さんのお父さん利右衛門さんは、仕事もしたのですが、本を読んだりするのが大好き
そして、人が良すぎて、家が破綻してしまいます。
よく働き、頭がよく、体格もいい
そして、お父さん譲りの人のよさ
この全てが、後々、生家の再生、藩の復興などに大いに活躍します
さて、
金次郎さんて
小さな子供の姿をよく目にするから、大きくなっても、賢く、か細い青年のようなイメージですが
近寄りがたい昔の人にしては大きな人です
顔も険しく怖いです
もし、映画、ドラマにするなら、金次郎さんて渡辺謙さんがしたら似合うだろうなぁ
大人の金次郎さんと並んで主人は記念撮影
ちなみに主人は184センチ
金次郎さん182センチあったそうです
(主人は小さい頃からよく寝ていたそうです。寝る子は本当に育ちます。
金次郎さんは寸暇も寝る間も惜しんでよく働き勉強しました。
???)
石碑には
「二宮尊徳先生」
先生!!です。
先生と刻まれるなんて珍しく思いました
彼がいたら、借金も貧乏も、ききんもなんとかしてくれる!!
色々な人々から尊敬され、頼りにされてきた証拠なんでしょうね

貧しくなるには、仕事もしないで、遊びほうけてお金も使っていたらすぐなれるけれど
富を得るには、枠内で残すように使い、貯めて、勤労勤勉にすればいい
(大雑把にしか覚えていないのでごめんなさい)
言われて見れば、納得実行できることなんですが、
貯めるのは難しいなぁ
ところで、
この私のブログで、二宮金次郎さんが一体どんな人物であったかなんて
全くわからないのですが
のブログにはわかりやすく紹介されていらっしゃいます
私なりの二宮金次郎さんの解釈はうまくできていないのですが
自分の持っている全てのもの
労力、頭の良さ、体格、志、知恵、を活かし
人の為に
そして世の中の為に心血注いでこられました
記念館に行ったのに、漠然とした理解と本もまだ読み進んでいないので
私なりの解釈なので思い込み、勘違いもあるのでご了承ください
子供のときから人のために何か役に立ちたい
たびたび氾濫する川の土手に子守で、稼いだお金で松の苗を買い植えたり、
病弱な両親の変わりに大人に混じって川の堤防工事を手伝い、自分はまだ子供で役にたたないからと
申し訳なさから
夜なべをして草鞋を作ったり
預けられた伯父の家で、仕事の後、夜遅くにあんどんの光の下で本を読んでいると
「油代がもったいない」と叱られても、
「自分で菜種を作り、油にしてもらえばいい」
字を書く紙の変わりに、小さな木箱に砂を入れて、棒で、字を書いたり
気持ちの切り替え、発想が素晴らしく
奉公に出たその家で働きながら、自分の仕事もして、お金を稼いだり、
奉公先にいるお金に困っている女中、使用人に、ただお金を貸すだけでなく、節約の仕方、またお給金の少しずつ預かり、そのお金を他に貸して、利子をつけて貯めてあげたり、銀行のような事もしたり、
稼いで貯めるだけでなく、それを人の役にたつように、そして自分にもちゃんと増えるようにと
どうすればもっと増えるか、周りの人たちもうまくいくかと考える
小田原藩主から命を受け栃木県の桜町の借財で苦しむみ藩主の家、貧困で苦しむ農民を彼の努力で10年で復興させたり、
うまく行きそうになると
妬まれたり、彼の行く先を阻もうとする者がいたのですが、
自分に自信を持ち進み、
69歳で亡くなるまで、村づくりの為に心血を注がれた人のように思います
これはほんの一部です
私は被れているだけですが二宮金次郎さんを知ることができよかったです




