山陰の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。
9日目(2026/5/20) は道の駅シルクのまちかやを出発し、神奈川に帰ります。
愛知県の古墳も少し回る予定でしたが、6月に愛知県、静岡県を回ることにしたので、
今回はスルーします。
最後の日になります。
走行は560キロ。若狭から乗った高速道路は1万円ほどでした。
回った場所です。
・古墳公園埴輪資料館
・天橋立
・舞鶴引揚記念館
・若狭三方縄文博物館
・福井県年縞博物
【古墳公園埴輪資料館】
道の駅の近くに古墳公園があります。
展示施設は鍵がかかっているので、
古園を回って入れるところから入って古墳を見ました。
作山4号墳前方後円墳
作山2号墳 円墳
埴輪が頂上部と段の上に並べられている。
作山1号墳 組合式石棺
【天橋立】
京都府北部、日本海の宮津湾にある『天橋立』は、陸奥の『松島』・安芸の『宮島』とともに、日本三景の一つ。
幅は約20~170m・全長約3.6kmの砂州に約6,700本もの松が生い茂る珍しい地形で、
何千年もの歳月をかけて自然がつくりだした神秘の造形です。
天橋立の由来は、「丹後風土記」によると、伊射奈芸命(いざなぎのみこと)が天界と下界を結ぶために、
梯子を作って立てておいたが、命(みかど)が寝ている間に海上に倒れ、そのまま一本の細長い陸地になったのが
天橋立だと記されています。
ケーブルカー、リフトともに9時開始。
それまで待ちます。
登りはケーブルカー、下りはリフトにしました。
タイムラプス動画を撮りました。
天橋立
【舞鶴引揚記念館】
休館日でした。
舞鶴港は、戦中は旧海軍の軍事的拠点として使用されていたが、戦後は大陸に進駐していた
軍人軍属や一般人の日本本土への引揚、および日本に在留していた中国・朝鮮人の送還のための
指定港のひとつとなった。
さらに、日ソ中立条約を一方的に破棄し侵攻したソ連軍の捕虜となり、シベリアに抑留されていた
旧軍人も、舞鶴へと帰還した。他港が早々に引揚港から除かれたため、これら引揚者のほとんどが、
舞鶴港を入港先・帰還港とした。これに伴い、日本各地から夫や親族の帰還を待ち望む多くの人々が、
舞鶴港へと出迎えに訪れた。
昭和29年(1954年)9月、テイチクレコードから発売された菊池章子のレコード「岸壁の母」が大流行(100万枚以上)した。
【若狭三方縄文博物館】
若狭町の鳥浜貝塚から出土した遺物を中心に、縄文文化をテーマにした博物館。
土偶のお腹をイメージした建物の中には、縄文遺跡から出土した丸木舟や縄文土器、
石器、木製品、種子、骨などが展示されています。
写真撮影禁止でした。
【福井県年縞博物】
水月湖は福井県三方上中郡若狭町にある三方五湖の一つで、
面積4.06 km2(五湖中最大)、周囲9.85 km、最大水深38.0 mの汽水湖である。
水月湖は水深が深く、湖内に直接流れ込む大きな河川がなく、
その流入などで湖底の堆積物がかき乱されることがないため、
年縞が1枚ずつきれいに積み重なっている状態が保たれている。
また、湖底に酸素がないため生物が生息しないことで、年縞がありのまま残されていた。
7万年にわたる45 mの深さの年縞の実物をエポキシ樹脂包埋にした上で、薄切標本として展示している。
大山の噴火の頃の年稿
愛知県は別途回る予定があるので、これで旅を終わりにしました。















