甲府市まで桃の買い出しに行ってきました。

 

道の駅やJAはオープンが9時なので、

5時ごろ家を出て7時半ごろに韮崎着。

まず蓮の撮影。

 

「穴山 桃の谷」に蓮の撮影に行きました。

 

道路わきに駐車場があります。

 

 

 

 

 

睡蓮も一輪咲いていました。

 

今回のお店は神明花火でよく行った、道の駅富士川です。

桃は3000円で29個。

甘くておいしい桃でした。

 

 

 

3月10日の股関節手術後4か月。

この間、徹子の部屋でジャズミュージシャンの綾戸智恵さんが股関節手術したことを話していました。

リハビリ頑張りすぎて骨折を起こし、退院が1か月延期になったとか。

 

昨日は隣町の町田市の50mプールに泳ぎに行きました。

シニア料金は150円。

 

自転車で行くには片道10キロ程。

坂があり、いい運動になります。

 

近くには桜美林大学と町田市大賀藕絲館があります。

大賀藕絲館では7月18日に蓮祭りが開かれます。

 

 

 

平泳ぎは足をグルグル旋回するので、股関節のリハビリにいいと思っています。

泳ぎ始め、少し違和感感じましたが3ストローク程で解消しました。

1000m泳いでリハビリ終了!

 

週1回ほど運動して刺激を与えると筋肉が失われない気がします。

 

 

静岡県東部の歴史遺産旅の記録です。(2026/6/22)

 

2026年6月の愛知・三重の歴史旅では浜松周辺の遺跡を周りました。

今回は、伊豆、沼津市、富士宮市近郊を回りました。




今回(2026/6/22)回った場所は、

・上白岩遺跡

・伊豆市資料館
・沼津市文化財センター

・大鹿窪遺跡
・富士宮市 埋蔵文化財センター

・富士山本宮浅間大社
・静岡県埋蔵文化財センター
・美保の松原


です。


【静岡県の歴史遺産旅の記録】

・上白岩遺跡

  伊豆市上白岩には、今から3000~4000年前の人々が暮らしていたと考えられている遺跡があります。

  時代でいうと縄文時代の中期~後期に当てはまります。
  この遺跡の特徴は、配石遺構と呼ばれる大きな石や長い石を中心に置き、周辺を頭大(あたまだい)の

  大きさの石で囲むという形式のものが、いくつか環状に並んでいるもの(環状列石)があります。

  どのような意味をもっているかよく分かっていませんが、神々を信仰するお祭りの祭祀(さいし)や

  大規模な墓の集まりなどの説があります。完全な形で残されたものとしては、東海地方で初めてのことです。

  その他には「埋甕(うめがめ)」と呼ばれる、人の埋葬施設や住居跡、土壙群が見つかっており、

  人面把手(じんめんとって)や装飾品(そうしょくひん)などが出土しています。

  現在は上白岩遺跡公園となっています。

 

・伊豆市資料館

  上白岩遺跡(国指定史跡・縄文中期~後期)に近接し、遺跡からの出土品のほか、産業・文化など、

  「伊豆を知るきっかけ」を幅広く常設展として展示しております。

  改装中のため休館中でした。

 

・沼津市文化財センター

  何年か前に片浜地区センターのちかくにあったものが、旧静浦西小学校跡を活用して移転オープンしました。
  市内の文化財の保存や、文化財保護の啓発活動を行っています。
  この施設は市内で出土した土器や、文化的・歴史的に価値のあるものを展示しているのです。

 

・大鹿窪遺跡

  大鹿窪遺跡は、富士山の南西部、西に天子山地、東に羽鮒丘陵を望み、北から南へ流れる芝川の左岸、

  西向きに傾斜する緩やかな斜面上で、ほ場整備に伴う発掘調査で発見されました。

  遺跡は、富士山の溶岩である芝川溶岩流のすぐ上にあり、発掘調査の時には遺跡の各所で

  溶岩を見ることができました。
  遺跡の中心部からは、東側にある丘陵越しに、富士山の姿を見ることができます。

  この丘陵は羽鮒丘陵と呼ばれるもので、丘陵の東側は急斜面となっていますが、

  西側は比較的緩やかな斜面で、その上からは旧石器時代から縄文時代草創期・早期の遺跡が

  数多く発見されています。

 
・富士宮市 埋蔵文化財センター

  埋蔵文化財センターの展示室では富士宮市内の遺跡・史跡を紹介しています。
  縄文時代から近世までの土器の変化がわかるように、古い土器から新しい土器を順番に並べて展示をしています。
  また、若宮遺跡や大鹿窪遺跡などの市内の主要遺跡や富士宮市内の世界遺産「富士山」の

  構成資産からの出土遺物や発掘調査成果の紹介もしています。

 

・富士山本宮浅間大社

  富士山麓の浅間神社は、富士山の噴火を鎮めるために富士山を神(浅間神または浅間大神)として祀ったものであり、

  富士山本宮浅間大社(以降、文章中の表記は「浅間大社」とする。)は最も早く成立したものとされる。

  浅間大社は、全国に多数ある浅間神社の総本宮とされる。「富士本宮浅間社記」には、

  大同元年(806)に山宮浅間神社の地から現在地に移転されたとある。

  浅間大社は富士山溶岩流の末端に位置しており、境内には、溶岩の間から湧出した地下水が池と

  なった湧玉池(国特別天然記念物)がある。浅間大社は、噴火を水によって鎮める考え方から、

  湧玉池のほとりに置かれたと考えられている。


・静岡県埋蔵文化財センター

  静岡県埋蔵文化財センターは、国や県等の公共工事により残すことができない遺跡を守るため最終手段として

  発掘調査を行うほか、文化財保護の大切さや調査の成果を、県民の皆さんや子供達に展示会や出前授業を通じて

  伝えています。

  センターには県内各地の出土品から選りすぐりの約750点を、旧石器から江戸時代までの歴史の流れを

  感じながらじっくりと御覧いただける常設展示や、本物の土器に触ることができるハンズオンコーナーもあり、

  観覧は無料です!

  旧静岡県立庵原高等学校で、体育館には籠に入れられた発掘調査資料が積んであるとのことでした。


・三保の松原

  大正時代、日本初の名勝に指定された三保松原。

  2013年には、世界文化遺産「富士山」の構成資産にも登録された、まさに日本が誇る原風景です。

 

  推定3万本もの松林と駿河湾の青、白波、そして雄大な富士山が織りなすコントラストは、

  歌川広重の浮世絵そのままの美しさ。

 

  ぜひ足を運びたいのが「羽衣の松」。

  天女と漁師の出会いを描く羽衣伝説の舞台であり、そこから御穂神社へと続く松並木は「神の道」と呼ばれています。

 

【写真】

<上白岩遺跡>

 

 

 

 

 

 

<伊豆市資料館>
    改装の為休館

 

 

<沼津市文化財センター>

 

 

 

 

 

 

 

 

 <大鹿窪遺跡>

 

 

 

 

 

 


<富士宮市 埋蔵文化財センター>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<富士山本宮浅間神社>

拝殿

 

楼門

 

拝殿と後ろに「浅間造(せんげんづくり)」と呼ばれる二層楼閣造りの本殿

 

湧玉池に映るあじさい

 


・<静岡県埋蔵文化財センター>

  旧静岡県立庵原高等学校です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


<美保の松原>

 

 

 

 

 

 

 

 

ポスターの写真

 

 

コンビニで珍しいポテチ発見!

 

 


 

 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

今回は総走行距離1245km。よく走りました。

車中泊はなく、全ホテルなので疲れ少なかったです。

6月15日、最終日の記録です。

 

行ったところは、

 

・可睡ゆりの園

  3万坪に及ぶ園内、季節を待ちわびた「ゆり」たちが織り成す光景をお楽しみください。
  園内は日本庭園様式の湖畔を中心に、周遊散策路がございます。

  映画「あの花が咲く丘で、君とまた会えたら」の撮影された場所。

 

 

 


【写真】

 

<可睡ゆりの園>

ゆり園の隣の萬松園の風鈴

 

 

 

 

 

 

 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

6月14日の記録です。

 

行ったところは、

 

・神宮徴古館

  伊勢の神宮では年間1500回を越えるお祭りが行われています。

  神宮徴古館では、神宮のお祭りや社殿建築に関する資料、農業館では、自給自足の伝統を守る

  神饌や農林水産関係の資料を展示。
  通常の参拝だけではうかがい知ることのできない神宮の精神文化を体感していただけます。 


・伊勢湾フェリー

  鳥羽と伊良湖を結ぶ最短ルート。平日は1日8便運航。

  海上国道の紹介
  国道42号
   静岡県浜松市(起点)から愛知県の渥美半島の海岸線沿いを走っており、

   三重県の志摩半島から紀伊半島の海岸線に沿って潮岬を経て、和歌山市(終点)に至る一般国道の路線。
   伊勢湾をつなぐ愛知県田原市(伊良湖岬)~ 三重県鳥羽市間は国道259号と重複する海上区間であり、

   伊勢湾フェリーが国道の航路代わりとなっている
  国道259号
   三重県鳥羽市(起点)の鳥羽港から愛知県田原市の伊良湖港にかけては国道42号とともに

   海上区間となっており、伊勢湾フェリーが国道の代わりとなるが、道路橋として伊勢湾口道路の計画がある。

   渥美半島では太平洋側を通る国道42号とは異なり、北の三河湾側を通り豊橋市(終点)に至る路線。
 

 

・吉胡貝塚/シェルマよしご

  縄文時代後期末・晩期の日本を代表する貝塚「吉胡貝塚」。この田原市の文化遺産に気軽に

  接することができるのがシェルマよしご(吉胡貝塚資料館・吉胡貝塚史跡公園)です。
  発掘調査を再現した施設や、写真・出土品を展示した資料館が整備されています。
 

  渥美湾に面する緩傾斜の地に位し広汎な範囲にわたつて貝層が存し諸所に多数の

  縄文土器片・石器・骨角器等及び人骨が発見されている。

  縄文式文化の末期に属する貝塚と認められ、しかも多数の人骨が出土しその埋葬の方法に

  屈葬のほかに伸展葬・甕棺葬・等の事例も有し学術上の価値が深い。

 

・ホテル伊良湖リゾート&コンベンションホテル(泊)
 

 

 

【写真】

 

<神宮徴古館>

館内は撮影できません

 

 

 

 

 

 

 

<伊良湾フェリー>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

< シェルマよしご(吉胡貝塚資料館・吉胡貝塚史跡公園)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ホテル伊良湖リゾート&コンベンションホテル 宿泊>

 

 

 

 

 

 

 



 

す愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

6月13日の記録

 

行ったところは、

 

・城之越遺跡/学習館

  三ヶ所の泉から湧き出る水に祈りを捧げた祭祀の遺跡。
  出土品や資料の展示を行う城之越学習館もあります。
・馬塚古墳

  美旗古墳群のひとつで、全長142mの壮大な前方後円墳でほぼ完形を保つ。
  5世紀後半頃。


・名張市美旗市民センター

  美旗古墳群の地区にある市民センターということで、建物自体上空から見ると前方後円墳の形をしているらしい。

  ただ外観ではそれはわかりません。

  センター内には無料の歴史資料館があり、古墳から出土の家形古墳や能面コレクションがある。


・室生寺
   静寂な郷で密かに生まれた仏教芸術。
  名宝との出会いがそこに待ち受けているのです。
  都を遠く離れ、鬱蒼とした山あいに建つ室生寺は、法相・真言の瑜伽(ユガ)道場として独自の仏教文化が育まれ、

  数々の貴重な仏像等を伝える仏教美術の宝庫です。

  国宝として後世に受け継がれるべき、平安時代初期の美しく個性的な御仏たちに出会えるのです。 

 

・粥見井尻遺跡

  平成8年9月、松阪市飯南町の粥見井尻遺跡で縄文時代草創期の土偶が、ほぼ完全な形で発見されました。
  今から時代をさかのぼること約1万2千年から9千年。
  土器や弓矢が使われ始めた縄文時代草創期のもので日本最古のものとみられています。
  女性の上半身を形どった、全長 6.8cm、幅4.2cm、厚さ2.6cmの小さな土偶ですが、
  縄文時代の精神文化誕生をひもとき、その時代の人々の暮し、 
  社会の様子などを解明していく上で大きなヒントになるものと全国から注目されました。    
  このほか粥見井尻遺跡では、竪穴住居跡などの遺溝とともに、
  矢柄研磨器や隆線文土器片など縄文時代草創期を特徴づける遺物が発掘されました。
 

・天白遺跡

  国史跡。

  1992年に発掘調査が行われ、縄文時代後期中頃(今から3500年前)から晩期(2300年前)にかけての配石遺構30か所、

  土器埋没抗26か所などと共に大量の遺物(土器や石器)が見つかりました。その中には日常品ではなく、

  マツリやイノリに使用されたと思われる土偶、石偶、石剣の他、朱の付いた土器なども多く出土しており、

  中でも土偶の出土数は三重県の中でも群を抜いています。

  当遺跡の性格については、大規模なマツリ(祭祀)や葬儀儀礼が行われた「非日常」の場であったと

  推定されています。

 

・松坂氏嬉野ふるさと会館・嬉野考古館

  嬉野考古館は、松阪市北部に位置する嬉野地域(旧一志郡嬉野町)にある遺跡から出土した遺物を展示する施設。

  又、過去におこなわれた嬉野地域内の発掘調査で出土した土器・埴輪・瓦などの考古資料を展示

  し、この地域の歴史をご紹介しています。


・松阪市文化財センター・はにわ館

  宝塚古墳から出土した船形埴輪等(国宝)を常設展示しています。
  大正12年建築の旧カネボウ綿糸松阪工場綿糸倉庫(国登録有形文化財)を活用したギャラリーは、

  市民の芸術活動の場として活用されています。
  令和6年に、三重県宝塚一号墳出土埴輪(278点)が国宝に指定されました。

 

・宝塚1号墳/宝塚古墳公園

  宝塚古墳は、松阪の市街地から南に3kmほど離れた丘陵上にあります。

  1号墳と2号墳からなる古墳で、昭和7(1932)年に国史跡に指定されました。

  かつて周囲には、下図のようにたくさんの古墳が存在したことが知られていますが、

  残念ながら開発により、そのほとんどが姿を消してしまいました。

 

・ホテル ルートイン松阪東(泊)


 


【写真】
<城之越遺跡/学習館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動の途中、伊賀線の踏切で電車が来ました。

 

 

<馬塚古墳>

 

 

 

 

 

 

 

<名張市美旗市民センター>

 

 

前方後円墳の形らしいがよくわからず

 
馬塚古墳の航空写真

 

 

 

 

 

 

<室生寺>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<粥見井尻遺跡>

 

 

 

 

 

<天白遺跡>

 

 

 

 

 

 <松坂市嬉野ふるさと会館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<松阪市文化財センタはにわ館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<宝塚古墳公園>

 

 

 

 

 

 

 

 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

 

6月12日の記録です。

 

行ったところは、


・塚原遺跡公園/塚原遺跡公園展示場

  昭和62年度に発掘した遺跡を保存整備した遺跡公園です。

  屋外には縄文時代の竪穴建物や古墳などを復元し、展示館では遺跡と出土品の解説をしています。

 

・岐阜県博物館

  岐阜県博物館は、岐阜県百年公園内に位置する総合博物館です。
  動物・植物・地学・古生物に関する資料を展示する「自然展示室1・2」や、

  考古・歴史・民俗・美術工芸等に関する資料を展示する「人文展示室」などがあります。

 

・岐阜県文化財保護センター

  岐阜県文化財保護センターでは、埋蔵文化財を発掘調査などによって正しく記録し保存すると共に広く公開し、

  また積極的に活用することに努めています。


・大垣市歴史民俗資料館

  国分寺に隣接する歴史民俗資料館では、美濃国分寺跡から発掘された貴重な出土品と判明した寺跡の全貌を公開し、

  あわせて大垣地方の考古資料・民俗資料の一部を展示しています。

 

・昼飯大塚古墳

  昼飯大塚古墳は今から約1600年前に築かれた岐阜県最大の前方後円墳です。

  その特徴は墳丘の長さが150mにもなることやその構造が三段築成となる点、

  さらには後円部の頂上に竪穴式石室、粘土槨、木棺直葬という3つの埋葬形態が存在する点にあります。
 

・関ケ原古戦場 決戦地

  最大級の激戦が繰り広げられた地
  笹尾山を背に、現在は田園の広がる中程に「決戦地」があります。ここには大きな石碑、徳川家・石田家の

  家紋入りの旗があります。

  1600年9月15日午前、関ケ原の戦いは西軍有利の展開で進んでいたといわれています。

  しかし、小早川秀秋の寝返りによって状況は一変します。これによって、一気に東軍が優勢となり、

  奮闘むなしく西軍は敗北します。そしてこの決戦地は、東軍諸隊が三成の首級を狙って、

  最大級の激戦が繰り広げられた場所といわれています。この地で激戦が繰り広げられていたのかと思うと、

  現在はのどかなこの風景も全く見え方が変わってきます。

 

  家康が掲げた、謎の言葉!?「厭離穢土欣求浄土」
  家康の陣旗にはとても難しい文字が連なっています。

  この言葉は、「戦国の世は、誰もが自己の欲望のために戦い、国土が穢れている。

  その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土を願い求めるならば、必ず仏の加護を得て事を成す」

  という意味です。家康は幼いころより人質生活を強いられ将来を悲観し、桶狭間の戦いの後、

  松平家の墓前にて自害しようとしました。その時、寺の住職が

  「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」を説き、切腹を思いとどまらせたといいます。

  この言葉からは、家康の平和を願う気持ちをうかがうことができます。


・伊吹山ドライブウェイ/伊吹山

  伊吹山ドライブウェイは、滋賀県と岐阜県の県境に位置する日本百名山のひとつ

  伊吹山(標高1,377m)のふもと(岐阜県)から標高1,260m地点にある山頂駐車場(滋賀県)までを結ぶ

  全線17kmの自動車専用道路です。

  所要時間は片道約30分で、終点の山頂駐車場に到着します。

  道中からは琵琶湖や濃尾平野を一望でき、絶景を堪能しながらドライブをお楽しみいただけます。
 

・ホテルルートイン甲賀水口

 

 

【写真】
<塚原遺跡公園/塚原遺跡公園展示場>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<岐阜県博物館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<岐阜県文化財保護センター>

以前学校(中学か高校)として使われていたような建物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<大垣市歴史民俗資料館>

 

 

 

 

 

 

明治34年(1901)の堤防修復工事の際に出土。

 

 

 

 

巫女の人物埴輪

 

美濃国分寺の模型

 

<昼飯大塚古墳>

 

 

 

 

復元ゾーンを設け、そこのみを修復再現している。

 

 

墳丘は前方部、後円部ともに上段、中段、下段からなる三段構成(三段築成)

斜面には葺石が水平となる段の平坦部には埴輪が並びました。

 

遺跡隣の食堂で昼食。昼飯こーふんチャーハン

 

 

<関ケ原古戦場 決戦地>

 

 

 

 

 

 

 

<伊吹山ドライブウェイ~伊吹山>

 

 

 

 

 

 

 

 

<ホテルルートイン甲賀水口>

 

 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

6月11日 の記録です。

 

行ったところは、


・ハニワの館/味美二子山古墳

  二子山公園は、市の西部に位置し、国指定の史跡である味美二子山古墳をはじめ白山神社古墳、 

  御旅所古墳の3つの古墳に囲まれた歴史公園です。
  庄内川中流域右岸に、5世紀前半から6世紀中頃まで継続して築かれた首長墓が味美古墳群で、 

  中でも味美二子山古墳は尾張四番目ないし県下五番目の大きさを誇る前方後円墳です。
  古墳は支配者としての力を誇示するものであり、灌漑技術の進歩を伴いながら、 次第にその範囲を拡大していきました。
  二子山公園の中央には円墳をイメージしたハニワの館が建てられ、 ガラス越しに古墳を望むことができる

  扇形の多目的ホールや埴輪が展示されている展示コーナーがあります。
 

・志段味大塚古墳/体感!しだみ古墳群ミュージアム/白鳥塚古墳

  「体感!しだみ古墳群ミュージアム」(SHIDAMU)は、1700年前に造営された墳形、

  大きさとも様々な古墳を巡る古墳ガイドツアー、古代体験が可能な体験活動室および

  貴重な出土品が鑑賞できる展示施設等で構成されています。
  さらに施設内には未就学児が遊びをとおして古墳体験をおこなえる“こどもこふん”も用意されており、

  子どもから大人・家族連れまで、一日中“古墳と古代”が楽しめる施設となっています。
  古墳時代を体感できるプログラムや実際の古墳を見ることで、古代に想いを馳せ、

  古墳や古代史への興味・関心を高めていただくことで、私たちに残された貴重な文化遺産の保存と

  これら遺産との共存を考える機会となることを願っています。
  なお、ミュージアムは志段味古墳群の「SHIDAMI(しだみ)」とミュージアムの「MU(みゅー)」を

  組み合わせて「SHIDAMU(しだみゅー)」と呼んでいます。


・青塚古墳/まほらの館

  青塚古墳は、愛知県犬山市字青塚に所在します。墳長123m、高さ約12mの前方後円墳で、

  愛知県下2番目の規模を誇ります。1966年に犬山市の指定文化財に、1983年には国の史跡に

  指定されています。

  その後、犬山市では1996年から史跡公園として整備を行い、ガイダンス施設「まほらの館」(写真1)と

  ともに2000年にオープンしました。
  ガイダンス施設「まほらの館」は、探求室(展示室)・研修室・レストスペース・トイレ・事務室からなり、

  総床面積は約300㎡(展示室約60㎡)とまさに「小さな展示館」のテーマにふさわしい施設です。


・犬山城

  犬山城は、天文6年(1537)頃に築城されたといわれています。天守は現存する日本最古のもので、

  国宝五城(松本城・犬山城・彦根城・姫路城・松江城)の一つです。
  大河木曽川のほとり、小高い山の上に建てられた「後堅固の城」で、天守最上階からの眺めはまさに絶景です。
  江戸時代の犬山城は中山道と木曽街道に通じ、真下を流れる木曽川による交易の要衝として栄えました。
  信長、秀吉、家康の三英傑がそれぞれこの城を手にして天下取りの足がかりとしました。


・可児郷土歴史館

  古代から近代の可児の歴史を網羅する歴史資料館として、化石、考古、彫刻、窯業、陶芸の各分野の資料が

  展示されています。
  古代の哺乳動物の化石や、志野、織部の古陶器など、貴重な資料を通じて、可児市の特徴誇りある

  歴史文化を知ることができます。また、県の重要文化財に指定されている、

  高さ約1,1mの袈裟襷文(けさだすきもん)銅鐸、木造大日如来坐像は必見です。
 

・ABホテル犬山(泊)



 

【写真】

<ハニワの館/味美二子山古墳>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<志段味大塚古墳/体感!しだみ古墳群ミュージアム>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<青塚古墳史跡公園/まほらの館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<国宝犬山城>

 

 

 

 

 

 

 

 

<可児郷土歴史館>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。

愛知県と三重県の歴史遺産・観光地を回って来ました。

 

 

 

 

1日目(2026/06/10) の記録です。 

 

行ったところは、

・根堅遺跡/浜松市市民ミュージアム浜北 (静岡県です)
  浜北の根堅遺跡では、約14,000年前の層と約18,000年前の層から人の骨が見つかりました。

  旧石器時代には、現在より気温が低く海水面が低いので、日本がユーラシア大陸とつながっていました。

  大陸の人々は、狩りの獲物を求めて、日本列島へやってきたと考えられています。(文章 現地説明板参考) 

  根堅遺跡で発見された人骨は、東京大学総合研究博物館に保管されています。

  市民ミュージアム浜北には、そのレプリカが展示されています。

 

・浜松市博物館/蜆塚遺跡(静岡県です)

  浜松市蜆塚公園は、国指定史跡蜆塚遺跡を中心とする公園です。

  蜆塚遺跡は、縄文時代後・晩期(約4,000~3,000年前)のムラの跡です。

  中央の広場を囲んで住居跡や墓地が並び貝塚も四ヶ所で見つかりました。

  貝塚のひとつは、発掘調査当時のまま保存され、ガラス越しに貝殻の堆積や

  その間にはさまれている動物の骨や遺物を観察できます。

・名古屋市見晴台考古資料館

  名古屋市見晴台考古資料館は、見晴台遺跡に関する資料の収集、調査研究、展示を行う施設です。

  現在は、遺跡が概観できる常設展示等を行っています。入館料は無料です。  


・熱田神宮
  熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の鎮座に始まります。
  第12代景行天皇の御代に、日本武尊(やまとたけるのみこと)は神剣を今の名古屋市緑区大高町火上山に

  留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。
  尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。
  以来、伊勢の神宮につぐ格別に尊いお社として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社(※)に列せられ
  国家鎮護のお社として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。
  約6万坪の境内には、樹齢1,000年を越える大楠が緑陰を宿し、宝物館には信仰の歴史を物語るものとして、
  皇室を初め全国の崇敬者から寄せられた6,000余点もの奉納品が収蔵展示されています。

  また、剣の宝庫 草薙館では、当神宮に奉納された名刀約450口を順次展示しています。
  境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、

  昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられています。

 

・あいち朝日遺跡ミュージアム/朝日遺跡

  朝日遺跡は、弥生時代前期から古墳時代前期(紀元前6世紀~紀元後4世紀頃)まで営まれた

  全国でも有数の大規模集落です。

  この地方の生活·文化の中心として栄え、東西日本の弥生文化をつなぐ重要な役割を担っていました。
  1970年代に、道路建設にともなう大規模な発掘調査が始まりました。

  それまでは点在する貝塚や遺物包蔵地と考えられてきた個々の遺跡が、

  まとまりをもつ一つの集落であることが明らかになり、この集落跡を「朝日遺跡」と呼ぶように統一されました。

  これまでの調査によって、遺跡の範囲は東西1.4km、南北0.8km に及び、遺跡の面積は80~100万㎡と推定されています。

  北東から南西にかけて流れる谷の南北の微高地に住居が営まれていました。

  居住域を取り囲むように墓域がつくられました。とくに東側と西側に、大規模な墓域が広がっています。
  発掘調査では、環濠・逆茂木·乱杭からなる強固な防御施設が発見されたことをはじめ、

  埋納された銅鐸、玉作りの工房跡、最古のヤナ遺構など重要な発見が相次いでます。


・ビジネスホテルフィズ名古屋空港
  名古屋空港近くのホテル

【写真】

 

<根堅遺跡/市民ミュージアム>

 

 

 

 

車で20分ほど走って市民ミュージアムに到着

 

 

 

狩人に狙われていることを察知して警戒している「見返り」の鹿

見返りの鹿型埴輪は日本に4例。

奈良県の四条古墳、島根県の平所遺跡埴輪窯跡、群馬県の天神山古墳

 

髷を結い、袈裟状衣(けさじょうい)を着ていることから女子像と考えられる。

器を両手で捧げ持っている推測される。

祭祀に欠かせない巫女のような職掌の人物を表しているとみられる。

 

 

 

 

三角縁神獣鏡

 

 

 

人物埴輪

 

 

 

<浜松市博物館/蜆塚遺跡>

 

 

 

 

家形土器(重要文化財)

 

六区袈裟襷文銅鐸

前項67.5㎝

三遠式銅鐸

 

<名古屋市見晴台考古資料館>

 

 

 

 

 

魚形土器

1919年(大正8)に出土。

台付長頸壺の退部を魚の形にしたものです。

 

 

銅鐸形土製品

 

 

 

 

 

<熱田神宮>
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<あいち朝日遺跡ミュージアム/朝日遺跡>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ビジネスホテルフィズ名古屋空港泊>

 ホテルの近くに名古屋空港があります。

夕飯を食べに行って来ました。

FDAの花巻ー名古屋が来るので待っていたら、8分ほど早く到着してカメラ間に合いませんでした。お尻だけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛知県・三重県の歴史遺産や観光地を回る旅の記録です。
 

台風7号の通過を待ってから愛知県と三重県の歴史遺産・観光地を回って来ました。

 

次の場所などを含む縄文、古墳遺跡、博物館などを6日間で訪ねてきました。

・熱田神社

・犬山城(国宝):東海自然歩道を歩いている時に寄りました。再度行きます。(リンク

・関ケ原古戦場決戦地

・伊吹山(百名山):百名山を登っている時に行きました。再度です。(リンク)

・室生寺

・可睡ゆりの園

・伊良湾フェリーで鳥羽から伊良湖岬に移動

 

 

 

「全国子ども考古学教室」の愛知地図

 

「全国子ども考古学教室」の三重県地図

 

今回は総走行距離1245km。よく走りました。

車中泊はなく、全ホテルなので疲れが少なかった気がします。

 

【旅程】

<地図>

 

 

 

<6月10日 水> 375km

  自宅を出発

  →根堅遺跡

  →浜松市市民ミュージアム

  →浜松市博物館/蜆塚遺跡
  →名古屋市見晴台考古資料館
  →熱田神宮
  →あいち朝日遺跡ミュージアム/朝日遺跡
  →ビジネスホテルフィズ名古屋空港


<6月11日 木> 87km

  →ハニワの館/味美二子山古墳
  →志段味大塚古墳/体感!しだみ古墳群ミュージアム
  →青塚古墳/まほらの館
  →犬山城
  →可児郷土歴史館
  →ABホテル犬山

 

<6月12日 金> 187km

  →塚原遺跡公園/岐阜県博物館
  →岐阜県文化財保護センター
  →昼飯大塚古墳/大垣市歴史民俗資料館
  →関ケ原古戦場 決戦地
  →伊吹山ドライブウェイ/伊吹山
  →ホテルルートイン甲賀水口
 

<6月13日 土> 174km

  →城之越遺跡/学習館/

  →馬塚古墳
  →名張市美旗市民センター
  →室生寺
  →粥見井尻遺跡
  →天白遺跡

  →松坂市嬉野ふるさと会館
  →松阪市文化財センタはにわ館

  →宝塚1号墳/宝塚古墳公園
  →ホテル ルートイン松阪東

<6月14日 日曜日> 103km

  →神宮徴古館
  →伊良湾フェリー

  →吉胡貝塚
  →ホテル伊良湖リゾート&コンベンションホテル

 

<6月15日 月> 298km

  →可睡ゆりの園
  →帰宅