ど〜も〜どもども〜昨日に引き続き
岩手県二戸市にある『八葉山 天台寺』

さんで開催された第19回あじさい祭りに
行ってきた(後半)となります。

【天台寺 拝観時間】

【梵鐘】

除夜の鐘的な事も可能です(有料です)


いきなり誰かが鐘を撞くから大きな

音が鳴るから慣れるまでは驚きました‼️


さすがに108回鳴らす強者は居ません

でしたが・・・我こそはという方はどうぞ🔔

やはり雰囲気というか・・・その佇まいに

しばし魅入ってしまいました(゚o゚;;


とても立派ですね!


瀬戸内寂聴師のありがたい『あおぞら説法』

を聞くために全国各地から沢山の方々が


このみちのくの地(天台寺)に訪れたと

考えるととても感慨深いです。



コチラの寺務所で拝観料支払います!


御朱印もコチラでいただきました📖


ちなみに書き置きでした。

『寂聴庵』って書いてました🏡


サイドからもポチッとな📷

1枚目コレにしようか迷いました😅


一番手前の石仏だけ渋いてす( ̄▽ ̄;)


よく分からないけど『マンダム』とか

『ダンディズム』ってワードがラヲッサンの

脳裏をよぎったとかなんとか・・・キョロキョロ

コレは拡大しても厳しそうですね📖💧



パ、パパ、パオーン🐘🦣🐘🦣🐘


『ガネーシャ』的な感じでしょうかね🇮🇳👏


寺伝によれば奈良時代神亀5年

(728)に行基菩薩が聖武天皇の命を

受けて八峯八谷の当山を八葉山と名付けて


山中の桂の大木を刻んで本尊聖観音菩薩

としてかん宸筆(天皇直筆)の額を

掲げて開山した伝えられてるそうです。

天台寺は古くから『桂泉観音』『御山の観音』

と呼び親しまれており糠部地方の霊地として


崇められていた桂清水が、のちに観音の霊場

として古代最北の仏教文化へと発展したと

考えられてるそうです。

『天台寺』の名が初めて資料にあらわれる

のら南北朝時代、五平十八年(1363)


の銅鰐口で、元中九年(1392)と

伝えられる銅鐘銘には「桂泉」の名も見える。


この頃には勢力を拡大してきた南部氏が

天台寺を崇敬・保護するようになり


室町中期には糠部三十三所観音

巡札の一番札所となったそうです。

江戸時代になり、萬治元年(1658)

盛岡藩主南部重直が天台寺を再興し続いて


元禄三年(1690)南部重信が大修理を

行ったが、これが現在の観音堂(本堂)


である。二十七の末社も整備され、

その盛時のありさまが『天台寺古絵図』

に描かれてるそうです。


当時は藩からの百石を越える寺領があり、

別当(住職)桂寿院を中心に池本坊・実蔵坊


・徳蔵坊などの坊が補佐し、勤行や一山の

運営・管理に当たってきたそうです。


明治維新以降は、別当桂寿院の焼失・断絶、

いき或は戦後の不幸な霊木伐採事件などに


より衰運に向かったが、今再び北東北の

霊場としての復興が進められているそう。


高橋富雄氏による学術研究をはじめとして

昭和62年5月には瀬戸内寂聴師が住職普山


、昭和63年5月比叡山延暦寺に伝わる

『不滅の法灯』の分灯、平成2年10月に


本堂・仁王門の国重要文化財指定される

など内外の注目を集めてるそうです。

『護摩堂』『桂泉蔵』も拝観料300円

内で見れるからとてもお得ですグッ照れ


館内は撮影禁止となってましたので

撮影してないですが📱📷❌


コレは見た方が良いてす(素晴らしかった)

ここら辺でスズメバチかな🐝

襲われそうになり焦りましたΣ(・□・;)


まぁスズメ蜂としたら得体の知れない

青森のラヲタに怯んだとは思います(汗)


何匹か大きな蜂がいたので黒い物は身に

つけない方がいいかもしれません🐝🐻

こちら何かもいい感じじゃないですか😁

『姥杉』かつて八葉山には直径2メートル

前後の杉の木か約1200本ほどあったが


この姥杉はその中でもっとも太く直径約

5メートル、周囲約15メートルにも及び

俗に八帖敷と言われていた。

姥杉は朽穴が根本にあり空洞になっていて

中には大人7〜8人が入れる畳八帖分は

あったことからそう呼ばれていたそうです。


残念ながら明治36年(1903)1月3日

火の不始末によって焼失してしまったそう。


現在は焼け跡が残っているだけとなっており

このままでは朽ちてしまうため、史実と測量

に基づいて復元したそうです。

祠でホッコリってのはどうでしょう!?

雷神堂でございます。

毘沙門天でございます!

『月山社』に向かいますヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3


振り返ればそこに誰もいない・・・


居たらいたで怖いけど👻

『月山堂跡』山中の最高所にある堂前に

小形の鰐口を吊るし堂右側には鐘楼も

建っていたそうです。


明治初年、神社・仏閣に関する制度が

改正された際、村社月山神社となり鐘及び


鰐口は別当三光院が管理していたが御神体も

含みいつの間にか紛失したそうです。




同じ蜂はハチでもミツバチならば

安心して近寄れそう・・・🐝


瀬戸内寂聴師が植えることを提案された

あじさいの花も今ではすっかり天台寺の

夏の風物詩として心を和ませてくれます。


さてと帰りますか〜ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘


コチラは撮影スポットとして人気

らしくてナイスな写真を撮ろうと

とても賑わってました📸📱

『天台寺あじさい祭り』とてもいい

イベントだと思いました・・・💐👏


今年見れなかった方は来年訪れて

みてはいかがでしょうか!?

【御朱印】


見開きの方を頂戴しました📖👏

皆さんも個人でいま出来る範囲の

感染対策しつつ『八葉山 天台寺』


あじさい祭りにお出かけになって

みてはいかがでしょうって(ブログに


上げるの遅くて行くなら来年ですね😅

もう終わってますね(⌒-⌒; )

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