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チャーリーのブログ

いつも自転車ちゃりちゃり乗ってるから、チャーリーって呼ぶよ。そんなYgashiさんの一言。
のんびりブログつけます。前までつけていたブログのIDすら忘れてしまったのでリンクだけ「クス、どうしてんの」貼っておきます。

1.インプット量の絶対増
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「インプットの量、少なくない?」
それって、まだインプットでしょ?そこから行きなり、using-it、使わせるの?
intake(取り込んでいく段階)は?
先生方、ちょっと日本語使わせすぎーー。
先生自身も、英語使うの楽しんでー。
英語のシャワーって、先生がべらべら話すを聴くだけじゃないのに。
音声教材が少なすぎ、しかも、家庭学習にこそ必要なのに・・。

以上が、インプットについて。

まず、ゴールのあるタスクをいくつか授業に入れること。
その中で、生徒を励ましたり、ほめたりもする。説明もするし、モデルも示す。これだけで、十分、英語のシャワーを浴びせられることにつながっていく。これは、音声を聞かせるだけでなく、シチュエーションに応じて言葉を発するのを見て・聞いて、この場面でこう言いたいときに、英語でこう言うというのをインプットさせることにつながる。

少ないインプットで、アウトプットを求めない。できる子は、すでにインプットがどこかで済んでいる子。

たとえば、旅行先で、ファーストフード店に行ってみる。客と店員のやりとりを何十回と見聞きさせる。すると、母語ではできる注文のパターン【大きなチャンク】を身につけ、安心して試しに言ってみるようになるはず。
silent period(沈黙の時期)や観察の時期を設けずして、「話しなさい」「書いてみなさい」では、伸びていかない。一定のインプットの時期を設けてあげることで、子どもは安心感を覚え、それぞれが自主的に話し出すエネルギーを溜めるチャンスを与えることになるのだと思う。

あとは、家庭学習。
タスクベースの英語の授業をすることで、「○○をできるようになる。」などといったcan-doの考え方が浸透してくるが、それって、家庭で復習できる仕組みになってるの??というのが疑問。
なにせ、まずは音声からでしょ。もちろん、文字は大事。でも、中学生なら半分は音声教材でいい。
シチュエーションがわかる図、動きのある絵、そして、効果音、説明の声、例となる会話やスピーチ、そしてその中に入り込める音声。こんなのを作って!って教材会社にお願いしてんだけどね。安く!!って。
なかなか進まない。
ちょいちょい、自作でやったりしてるけど、もっと系統的にやりたいから、時間とコストが足りないなー。こここそ、力を合わせてやりとげたいパート。
とにかく、家庭学習&生徒の手元に渡る教材に音声を!!っていうの、サポートしてほしいなあ。

インプットしたことは、全てintakeされている、そして使えるようにもなる、なんて信じている指導者はいないと思うけど、じゃあ、授業の構成は?宿題の量や質は?って言われると。生徒に無理させ過ぎている人、多いと思う。まっ、自分のことはかなり高い棚にあげといてっと。

 英語はコミュニケーションのために必要、英語によるコミュニケーションを可能にする教育。これを目指さない指導者は、はっきりいって合わない。それを大前提でまとめを続けたい。

「山の登り方、教えてやる。登っておいで。」
これでは、山登り初心者は登れなくなる。ますます、腰が重たくなって山登りに行こうという気すら起きないのでは。でも、大人になって仕事で旅行で、その山を登ることになるわけだし、そんなチャンスを生かせる大人に育てたい。
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指導者がつねに見本を示しながらも、児童・生徒をほめて励ますというかかわり合いをもちながら、一緒に登っていく。これが、基本だと信じている。

具体的に、意識して取り組んでいること、後輩たちに伝えていることを簡潔にまとめたい。
1.インプット量の絶対増
2.単語で教えず、チャンクで。
3.リズムを評価
4.non-verbalの評価をもっと
5.母語年齢と英語年齢の差を縮める
6.アクティブリスニングの指導と評価
7.話す態度の育成と評価

アップ

小学校では、素地を・・・ってうたってるけど、小中高と進むなかで、小学校英語では、フォニックスとTPR教授法を基本とした表現活動をやってほしい。やれなかったら、やはり中学校の初期段階でなんとかしなければいけない。
できれば小学校1,2年生から。
TPR教授法とは、指導者が言ったとおりの動作をしたり、他の人が反応したりするのを観察することによって、ことばの意味を理解させる指導法のこと。

例えば、幼児が「水」という物を覚えるのは、「水だよ」と教えられた時ではなく、
「水飲みたい?」
「水持ってきて」
「水こぼしちゃダメだよ」
といったような会話を通して、理解していく。
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つまり、名詞を聞いて覚えるのではなく、動詞によって“体験する”ことで、身体全体を使って覚えていく。
日本の英語教育では、名詞を優先して教えてきた歴史があるが、むしろ英語という言語を覚えるには、“This is a pen.”と習うのではなく、“Give me a pen.”や“Show me a pen.”の方が、幼児にとって分かりやすいということ。

だから、"What's this?" "It's ....."のやりとりをやたらと練習しても、子どもは英語を話せるようにはなっていかないのだと思う。
そして、英語の単語のみを教える怖さは、まだほかにもある。とにかくチャンクを教え、使わせていきたい。英語には英語の文のルールがあるが、言葉のまとまり(=チャンク=chunk)と言葉のまとまりを組み合わせることで、初期段階では、ある程度の文の作ることができる。もっと具体的に言うと、1語で教えず2語以上一緒に教え込むということ。

それと、気になるのは、リズムやイントネーションの指導。
英語って、音楽だと思う。
と言ったらかなり???って思われるだろうけど、コミュニケーションのための英語を学ぶなら、わたしはこれ外さない。
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ときどき見かける英語の授業で、生徒が習った英語を使って発表している。これは素晴らしいことだと思う。語順もあっている。・・それは良い。良いのだが・・・リズム、イントネーション、発音がひどく、あまりにフラットな話し方をする。申し訳ないが、ちょっとしたノイズに聞こえる。
これでは、相手に聞きとってもらえないし、相手の言っている英語を聞きとれない耳を育ててしまう可能性が大きい。私は、個人的に、そういう英語の授業は好きではない。

日本人の赤ちゃんだってそうだけど、言葉を習得する際、言葉の持つ“意味”を教わることによって、言葉を覚えていくわけではなく、 大人が普段の会話の中で、声を上げたり下げたり、文節をくぎってリズムをつけたり、いわば言葉にメロディをつけているポイントに反応して、言葉を習得している。 大人は、言葉から意味や内容を読み取ろうとするけど、赤ちゃんは、意味も内容もなく、つまりは「音楽」として言葉を受け取っているので、 “This is a ball“の“This”の意味や“is”が何かを考えているのではない。Thisisaball という音の時には目の前にボールがあり、Thisisapenという音のの時には目の前にペンがあるというように認識する。

だから、リズム、イントネーション、発音、ピッチなども身につけさせるべきだし、それを評価にいれないから、指導もあいまいになってんだよなーって思いながら、取り組んでいきまーす。

ひとまず。
日本にいて感じるのは、文化の多様性がないということ。こんな社会にどっぷりいてもいいし、居心地良く生きるのもありだけど、やはり、もったいない気がする。国際人と呼ぶにはほど遠い。

「旅をしなさい」

なーんだ、そんな結論かよ!
と言われてしまえばそれまで。
でも、本当に、アウェイに外国人の1人として身をおいて、ニュートラルに受け入れてみると、いっぱい見えてくるものがあるはず。
自分の何かをひっくり返す何かに出会えるはず。
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本音で言うと、自分の奥さんにも、「行きたいところに行ってきたらいいよ。」と言うほど。いないのはさびしかったり、旅行先でのことが不安だったりとマイナス面では、きりがない。だって、自分の妻といっしょに「いい夫婦」めざして生きるって決めたんだから。
しかし、旅に行って帰ってきた妻から聞く旅の話。どんだけ楽しいだろう。そして、旅をしてすっきりした顔で帰国した妻の顔を見たら、どんだけ嬉しいだろう。いろいろとプラス面が多いのも事実。

時間、お金、生かす未来
この3つが揃うことは、そうそうない。

若い時には、時間と生かしたい未来があっても、まあお金が足りない
働き盛りのころには、お金と生かす未来があっても、時間が足りない。そうそう休めるもんじゃない。休めたとしても、「誰と行くかが大事」なんて知恵がついているから、これまた行動に移せない。
経験者になって、仕事も経験でまわせて、貯蓄もそれなりにあって、時間だってそれなりにとれるころには、旅の経験を生かす未来がない。けがが心配で冒険心あふれる旅を計画できないことも確か。

すると、やはり、3つが揃うということは、あまりない。何かを犠牲にして行くのだと思う。

私が、大学1年生の時、夏休みのアルバイトで貯めたお金で東京-LAの往復航空券と大陸を横断・縦断する列車Amtrakのrail pass(たぶん30days)を手に入れて、初めての海外旅行に1人で行った。
 国内だってたいして旅行してない若造にとって、たった2週間ほどの旅がもたらしたものは、大きかった。
 それがきっかけで、旅の素晴らしさを知り、旅行を通じて社会貢献したい、旅行関係の仕事について人や社会の役に立ちたいって思うようになった。どうやったら、旅行業界で人や社会や世界の役に立てるだろうかと、考えて、自分なりの浅いながらも納得のいく答えにたどり着いたのは、大学3年生の時。ずいぶん、かかったなと思う。

 大学を卒業後、日本でアルバイトやら派遣社員やらやって、1年後の夏にようやくカナダの旅行専門学校に旅立った。
そう思わせた、自分のアメリカ旅行について、もう一度、振り返って記録しておこう。(いきなり決意)

人に旅をすすめておいて、いきなり自分の旅の話。勝手なブログです。
 とやかく言う人は言わせておきなさい。強く強く生きなさい。これからの時代を作る人を大事にしない組織なんて、育てない組織なんて、たかが知れている。そして、そんな人たちに振り回される人生なんて、本当にくだらない。しかし、そういった人たちを育ててきてしまった社会の責任もある。自分が立ち向かわなかったり、許してしまった何かが積み重なってそういったモンスターを作ってしまったとも言える。
 若い時にがんばったが、それが評価されていなかった人は、今になってその頃の努力を評価してもらいたがる。本当かな?もしも、そうならば、あまりにも悲しい大人だ。謙遜が行き過ぎて、自己評価があまりにも低すぎて攻撃的にならざるをえない人なのかも。
 相手を生かそう、何があっても相手に喜んでもらおう、そんなきらきらした気持ちをど真ん中にもっている大人なんて、そういないはず。だから、嫌味も言う、愚痴も言う。自分自身をハッピーにする方法がとてつもなく少ない大人は、すごく多いはず。
 
 いろんな人がいる。だからこそ、「自分は人生で何を成し遂げたいのか。」「自分は何をもって幸せを感じるのか。」「自分のベクトルはどこを向いているのか。」「自分が師とする人、touch stoneとする人はどんな人なのか。」等々、経験者であっても、年配者であっても聞いておきたい質問。そして、それを自分に今一度、問いかけてみる。そうすると、「心配は放っておきなさい。強く、強く生きなさい。」といった言葉の意味がわかってくる。

 さて、自分が先輩になればなおさら、人からは言われなくなる。だからこそ、求めて指導を受ける、若い人からは感覚を学ぶ、人の意見を引き出す努力をするようにしたい。だって、日本では、年上の人には物を言いづらい雰囲気すごくあるから。そこを差し引いてコミュニケーションとらないと、次の時代を作っていけない。

以上、新年からいきなりの雑記。