お久しぶりです。
更新が滞っていたこんなブログにもアクセスやコメントをいただき
ありがとうございます。
記事書くのはサボっていましたが、その間様々な方のJW関係ブログを
拝見させていただき自分がブログでどうしたいのか考え、
やっと結論がでました。
それは、自分も含め組織の聖書に基づかないと思われる教えに
苦しんできた方の傷を少しでも癒すというものです。
JW2世(特に日本)は子供のときから人としての成長、コミュニケーション能力、物事を冷静に判断する機会を奪われがちでした。
親の極端さにも原因はあるかもしれませんが、そのような組織の極端な教え(ムチ等)に翻弄された親もまた被害者なのかもしれません。そこでこれ以上被害者を出さないため、マイコンが聞かないJWを増やして、彼らが自分達のやり方が通用しないということを知ってもらう必要があります。
JWを続けるべきか、離れるべきかという問題は、ある日勤めていた会社の悪事が発覚して、そこにとどまるかそれとも転職するかというようなものでそう簡単に決められないと思ってます。
自分はJWにもメリット・デメリットがあると思ってます。その決定が正しかったかどうかは自分が行動して結果で示すしかないような気がします。
そんな感じでこのブログは現役の視点でJWを続けながら
組織に左右されない方法を考えていきたいと思ってます。
なので今後のテーマは
・極端な考え方を持つ人に聖書を使って対処する
・組織が「背教書」のブログを見ていると思われる根拠
・「真理」とは何か
・会衆で上手な人間関係を築く方法
・JWの方に是非読んで欲しい本
・大半の親は2世に謝罪するべき
・JW業界で恋愛するには
・「理性」を持たない人は特権をもつべきではない
・「長老」に対する現実的な見方 などを書ければと思います。
今回は「JWが思考停止にならないために」にしようと思います。
自分の思考をメモにまとめたものなので筋書きみたいなものになっていることを予めご了承ください。
組織は最初から都合の良い結論に誘導しようとしている?
リニューアルした集会の書籍研究
資料:「その信仰に倣う」P51-54
組織の主張展開
内容:ハンナはエホバに祈ってペニンナのいじめに耐えた
適用:他の人の間違った行ないによって神への崇拝を妨げられてしまうのは,決して賢明なことではありません。もしそうなるなら,耐える力を与える様々な祝福を得損なってしまうでしょう。
自分の疑問点
・ペニンナはエホバの崇拝者とは書かれていないのに、
なぜ会衆の仲間だけに適用するのか
・そもそもハンナが妬みを受けた理由は何か(箴言 19:11)
→夫エルカナがハンナを贔屓していた可能性がある
(サム一 1:5、8)
→ペニンナが妬むのは仕方ないことかも
→それだったら、夫に自分を贔屓しないようお願いできたかもしれない
・一夫多妻は好ましくないなら、なぜハンナがそうしたのか
ハンナが判断ミスをして、いわゆる「蒔いたものを刈り取っている」
ということは考えられないのか
3節で殆どコントロールできない、全くコントロールできない問題とあるが果たしてそうだったのか
不幸の原因の理由も探ろうとせず、最初から「理不尽なこと」として耐えるという適用はあまりにも短絡的。せめて、なぜ自分が攻撃されるのかを一度冷静になって考え、解決策を探してみるべきなのでは。
似たような思考に、エホバの証人に対する反対=サタンという考え方がある。妻が集会に行くことに対しての夫が反対した理由は実際こういうものもあった。
・仕事から帰って来たとき、いなくて寂しかった
・家事も満足にできないのに何をやっているんだと思った
集会行くより、料理教室に行けと思った。
これが、「真理だから反対している」理由になるのか?
まずは、妻から反対している理由を聞くべきだったのでは(箴言15:1)
このように、組織の出版物の中には物事を冷静に多角的に見れないようにしようとするところがあるので私達は聖書をよく読んで、思考力を働かせる必要があります。
こうした客観的な見方は、Mさんの「JW.orgを臨床心理学の立場から考えるブログ」http://ameblo.jp/m-think/を参考にさせていただきました。
他にも適用が極端と感じた出版物の記事がありましたら
お知らせ下さると嬉しいです。