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真央さんが、ECCの広告塔であること。
このCMを見たら、その意味がはっきりと分かります。
この決意に満ちた表情を見たら、何も言えないはず。
英語が堪能なアスリートが、広告塔に選ばれるとは限りません。
限りない可能性と、諦めない強い志を持つアスリートだからこそ、選ばれたのです。
美しきチャレンジャーだからこそ。ECCは、チャレンジすることの大きな意味と価値を
伝えたかったのでしょう。
今日は女子SPですので、その話題で持ちきりになるでしょう。
そんな時ですが、あえて、この記事を紹介したいと思います。
この記事を読んで・・思うこと、熱い思い。
元祖女王が、長い年月を経て、フィギャアスケートの世界に帰ってきてくれました。
大きな価値と意味を持って。
フィギュアスケートに興味のない人でも、当時、多くの日本人の心を動かしたスケーターは、
今もなお、伝説として語られています。
普通なら、転倒した姿はあまり出してもらいたくないでしょう。スケーターとしては。
でも、彼女は、転倒さえも、演技の一部にしてしまう、そんな魅力がありました。
札幌の銀盤に咲いた、華麗な花。
1972札幌(8)笑顔の18歳に日本中が夢中 「札幌の恋人」が伝えたいこと
http://www.sankei.com/column/news/170328/clm1703280005-n1.html
1972(昭和47)年札幌五輪では、金メダリストよりも有名な銅メダリストが誕生した。
「札幌の恋人」「銀盤の妖精」と呼ばれたフィギュアスケート女子のジャネット・リン(米国)。笑顔を絶やさぬ18歳に日本中が夢中になった。
会場の真駒内屋内スケート場を沸かせたリンのフリー演技を、当時のサンケイ新聞はこう伝えている。
〈真っ赤なコスチューム、会場に花が咲いたような明るさだった。情熱、奔放、スピード、あらゆる躍動する美の極限をみるかのような演技だった。(中略)まるで人間の形をしたチョウが踊るような演技に、割れんばかりの拍手が湧いた〉
優勝したベアトリクス・シューバ(オーストリア)のハデさのない落ち着いた演技を、「氷上の図形師」と揶揄(やゆ)したのとは対照的な、手放しの褒めようだった。
リンを一躍スターにしたのは、尻もちをつきながら笑顔で演技を続けた姿だ。今年2月の札幌冬季アジア大会で選手村村長を務めた元五輪選手、渡部絵美は当時12歳だった。札幌五輪の7年後にウィーンで開かれた世界選手権で銅メダルを獲得し、「和製ジャネット・リン」と愛された渡部を導いたのは、リンの笑顔だった。
「競技を続けるか、レジャー(余暇を利用して楽しむ)に行くか、どっちの道に行くかみたいな時期でしたね。そんなときに札幌五輪が開かれて、転んでも立ち上がって笑顔でって。日本中がみんな好きになっちゃった。私も転んで立ち上がればどうにかなるんだ、みたいなね。憧れて、それはもういろいろまねしました。転んで立ち上がる練習とか、アハハ」
当時は前半のコンパルソリー(規定)と後半のフリーの合計点で争われた。規定は音楽もかからず、氷上に2つ、あるいは3つの円を課題によって変化をつけて描く地味な競技だ。単調な規定の練習に明け暮れた渡部は「当時はフリーを滑んなくても、規定で稼いだ点数で優勝が決まるっていう時代で。もうコンパルソリーがどれだけうまいかによってチャンピオンが決まったんです」と振り返った。
フリーだけ取ればリンは文句なしの“金メダル”だった。しかし苦手とする前半の規定でシューバに172・4点差をつけられた。逆転は不可能だった。4位と出遅れた規定終了後、リンク横の機械室に飛び込み、両手で顔をおおって座り込んだという。
リンクから離れ、母として5人の子供を育てたリンは昨年12月、審判として久しぶりにスケート界に“復帰”した。その舞台に選んだのは、コンパルソリーだけで競う“第2世界選手権”。
渡部がその思いを代弁した。
「フィギュアは基礎のコンパルソリーから始まっている。今はそれをみんな飛ばしてジャンプ、スピンに入っちゃっている。当時のVTRを見直すと、全てが3回転とか大技ではなかったんだよね。でもジャンプの間のステップやエッジワークはすてきだった。エッジを大事に使える選手が増えるといいっていう意味で、コンパルソリーの大会が始まったんです」
かつてその笑顔で大人も子供も虜(とりこ)にした「札幌の恋人」は今、45年前に痛感した基礎の大切さを後進に伝えようとしている。
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優雅な姿です。
素晴らしい記事ですよね。
当時から、産経は、フィギュアスケートの本当の意味を伝えてくれました。
金メダリストは誰だっけ?と、おそらく、ほとんどの人が忘れ去っている。スコアは高くとも、記憶に残らない演技。でも、ジャネット・リンさんの演技は、今も覚えている。札幌のリンクに咲いた笑顔は、誰の胸にも刻み付けられている。
スコアよりも演技、それが、フィギュアスケートの真髄・・
ジャネット・リンさんは、金メダルをとれなかった、でも、彼女はそれ以上の価値を
世界中のファンに教えてくれた。
勝負は勝つことがすべてではない。 もちろん勝つことに大きな価値はあります。でも、すべてではないということ。
ジャネット・リンさんの、リンは、凛。
彼女は凛とした姿を、ジャッジの目線から魅せてくれるでしょう。
今、こう思っておられませんか?
リンさんが、もう少し早く、スケートの世界にジャッジとして帰ってきてくれていたら、それも、第2世界選手権ではなく、オリンピックに。バンクーバーの時に。
そうしたら、スケートの世界は変わっていたかもしれない。 基本を大事にするという信念を持つ彼女だからこそ、できたことがあったかもしれません。
原点回帰。
難しいことです。
気持ちも演技も、原点回帰すること。
何度もそうして、一流のアスリートに育っていくのだと思います。
この記事で、もうひとつ申し上げたいこと。
今は、真央さん叩き組で知られている、”渡部絵美”氏。
素晴らしい言葉の数々です。 それなのに、あなたは、真央さんに対して、どうして、
あのような辛らつな言葉を投げつけられるのか? 言葉は心。それを、あなたは、原点回帰する必要があります。
明日も、がんばる、みなさんのために。この笑顔が
がんばれ!と言ってくれるだけで、がんばることができますよね!
゜゜*☆*゜ ゜゜*
今日の格言・名言
フィギュアは、氷の上に2本の足を乗せて表現する”言語”だと思います。
最近のルールでは、フィギュアが本来持っている、人々に大きな喜びを与え、
人々を心地よくリラックスさせる”言語”が失われつつあるようで心配です
2012年
ジャネット・リンさんのインタビューより
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最後まで、お付き合い、おおきに! どうか、ひとぽち、お願い申します!
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