憲法語言論 権力者は法を学べ 2017年5月15日
 
穂積陳重『法窓夜話』「84本居翁の刑罰論」を読む
 
 江戸時代、18世紀後半の国学者本居宣長は、除害主義の死刑論を展開し、徴証主義の断訟論(「めったにない死刑は害を除くもの」説を唱えた。明白な証拠に基づいて判決を下すという考え方)これが83話のテーマです。参考書は「玉くしげ別本」。紀州藩主へに献本されています。今回も、今日の政治家、法制官僚や警察には、ぜひ記憶にとどめておいてもらいたい文章です。
 まず、宣長の刑罰論の基本は「刑は随分、寛く軽きがよきなり」です。ただし世の害をなすべきものには「殺すもよきなり」。ただし一人でも人を殺せば、大抵の場合死刑になる定めなので、めったにないことだ。また殺しているかいないかの吟味も難しい。病死と済ましたものが毒殺の場合もある。また盗賊火付けの吟味の際、覚えのないものを拷問して、苦痛に耐えかねて、白状し、「白状だにすれば、真偽をばたださず、其者を犯人として刑に行ふ様の類もあるとか」。あってはならないことだ。「刑法の定りは宜しくても、其法を守るとして、却って軽々しく人をころす事あり。よくよく慎むべし。たとひ少々法にはづるる事ありとも、兎も角情実をよく勘カンガえて、軽むる方は難なかるべし」。
 また外国では、怒りにまかせて 貴人、俗人問わず、みだりに死刑執行し、情状を酌量せず厳刑とする習俗があるが、「本朝にては、重き人はそれだけに刑をもゆるく当らるるは、是れ又有りがたき御事なり」としています。   
 権力をチェックするような市民の活動には、だれかれなしにテロリストと目を付け、「疑われる方が悪い」と目を光らせ、「重き人」は罪のうわさがあっても、まったく捜査さえしない。どこに正義があるというのか。平気でウソをつく首相や防衛大臣が道義国家を説くなど「有りがたき御事なり」。そういう権力者の国が良い国、信用できる国であるはずがありません。国学者本居宣長のことばですよ。