むのたけじ『一日一言』「5月5日」より
 「四季のめぐりと人生の歩みは別だ。
  人生では春から冬へ、夏の前に秋の場合もある。
その人の生き方次第だ。」
 人生の季節の順序は自然のようにはいかない。それはわかります。また、それぞれの季節をどう想像するかでも違うでしょうね。それに人生何が起こるかわかりませんから、その起こったことへの対応という意味なら、「生き方次第」というのもわかります。
 日本人の学校カレンダー風に人生の例えとして四季を使うならば、春は初々しくスタートで夏にかけて鍛え時、秋に収穫、冬は次年度への備えとなるのでしょう。でも「何が起こるかわからない」で、考えると、晴れのち雷雨やずっと日照りや朝0℃、日中30℃もありえます。計画は立たない。立てても計画通りにはいかない。
 どんなことが起きても、自分の生き方で生きるだけだ。それはそうです。でもその生き方が問題です。むのさんのように強い自己が確立しているとは言えない私にとって、生き方風のものがあるとすれば、どんな事態になっても、それに対応して生きていくということぐらいです。「しかたがないなあ、こうするか」という生き方です。受け身の人生のようでしたが、今ごろになって、過去の自分の対応に納得できてきています。
 人生で傷つくのは仕方ありませんが、回復の体験がない人生は困ります。わたしは回復の時には自分に戻ってきていますから、「しかたがないなあ」と感じます。そのことばは、自分の立て直し、回復の合図のことばと考えています。そのとき季節は?それなりに感じるでしょうが、良し悪しは無関係だと思います。どんな季節も生きていくしかありません。