明治史を日本史で学ぶとき、難しいのが議会政治史です。教科書ではさらりと流してしまいますが、実際議会らしきものは、ペリー来航後、時の老中、阿部正弘が対応策を孝明天皇と薩摩の島津斉彬、越前の松平慶永、水戸の徳川斉昭に相談するところに、一つの源流があります(自分だけがそう思っているのかと思っていたら、三谷太一郎先生が書いていました『日本の近代とは何であったか 問題史的考察』岩波新書、2017年)。相談だけじゃないかと思いますが、鎖国時代は、まず幕藩体制で、幕府独裁政権です。天皇のいる京都の朝廷には武家伝奏(貴族担当)が置かれ、幕府からの連絡窓口となっていました。それは朝廷が幕府に従っていたというよりも、その後の天皇制との連続でいえば、政治報告だけ行っていたといえます。開国という重大な政治決断を相談するなど考えられませんでした。また有力大名の3名、なぜこの3名だったのか。興味深いところです。次回検討します。

 話を今に戻します。皆さんは今議員とはどんな人であってほしいと思いますか。生徒諸君なら、みんなの意見をよく聞いて、みんなの代表として生徒会に出席し、出てきた意見に加え、自分の意見も出し、みんなのためになることを決める人となるでしょう。代議制ですね。

 私の考えを先に言います。昨日投稿した「憲法の現場2」で「また別の機会に書きますが、権利保障の政治が確立していない日本ではすべての議員は『弁護士』、あるいは『それと同等の市民の権利保障に何らかの形でかかわった方』であってほしいと考えています」と書きました。将来あってほしい議会、議員は当然のことながら、立憲主義の議会です。市民的権利を守るために全力を注ぐ議員でないと困ります。そのイメージが弁護士や市民の権利にかかわる活動に参加された方、権利の侵害をうけ、それを回復する経験をされた方、あるいはアメリカでいえば裁判の陪審員、日本では裁判員(まだ荷が重いでしょうが)経験者なのです。もちろん人にもよりますが。今日はここまでにしておきます。