2月に八戸のじぃじ(義父)が口腔癌になったことを綴った。

当初、2月10日に手術を行う予定だったのだが、

糖尿や心臓が良くなかったため、その検査やら投薬やらをまずやってから手術をすることになった


首から上にできた癌の切除手術をすると、術後に顔がひきつったり、食事や会話ができなくなったりする可能性が高い。

この後遺症を抱えて術後を生きていかなければならない患者さんの苦労はとても大きいと思う。

たとえ癌が治って一命を取りとめたとしても、

美味しい食事ができなかったり、家族と楽しい会話を楽しめなかったりしたら、辛い日々となるかもしれない。

そのような首から上にできた癌の後遺症を小さくして、治療後も快適に過ごせるような新しい方法を併用して治療を行うことになった。


それは、超選択的動注科学療法とよばれるもので、略して超動注とお医者さんは呼んでいた。

癌を支配する(癌細胞に栄養を送っている)動脈を探し出し、そこを目指してズイズイとカテーテルという細い管をを伸ばして、そこから抗がん剤を注入し、直接癌細胞を叩いて小さくするというものだ。

患部が小さくなれば、それだけ手術で切除する部分が小さくなり、後遺症も小さくなる。

また、抗がん剤を直接注入するので、身体全体に抗がん剤が回らないので、副作用も少なくなる。

じぃじは、一度この超動注を受けただけで、歯茎の奥の癌がかなり小さくなったらしい。


2月いっぱいの入院中、その超動注を行ったり、血圧や血糖を薬でコントロールしたりして、じぃじは病院で過ごした。

その後、3月10日に約7時間に及ぶ大手術を終えた。

小嶋家は、3.11の大震災の前日、3.10が来るのを固唾をのんで日々過ごしていたのだ。

皆の祈りも届いたのか、じぃじの手術は成功。

2週間後には口から流動食ながら食事ができるようになった。

口から食事ができるようになると、みるみる回復するようで、

じぃじは勝手にゴールデンウィーク前には退院すると決めていたようだ。


そのじぃじの想いが通じたのか、じぃじはゴールデンウィーク前にめでたく退院することができた。

そして、自宅でのんびり療養している。

早速連休中には、庭の芝を植えかえたり、庭仕事も休み休みやっているらしい。

すでに、大好きなお酒も少しずつ飲んでいるとのこと。


退院祝いに小嶋家3兄弟から贈られたフードプロセッサーが大活躍で、

ばぁばが美味しいご飯をつくっているので、

じぃじも食欲全開らしく、退院後は少しずつ体重が増えてきているようだ。

よかったよかった。


じぃじの入院のことでは、皆さんに温かい励ましの言葉をいただき、ありがとうございました。

おかげ様でじぃじも元気になり、みんなホッと一安心。

今年の夏は、また皆で八戸の大集合して、じぃじの回復祝いを盛大にやることになりそうです。

それが今から楽しみ楽しみ。


今日からちょうど1ヶ月前の3月11日。

日本人はこの日を決して忘れないだろう。

この日の14時46分に起こった地震とそれに起因する大津波の被害にあわれた方々、そして福島第一原発事故により故郷を離れ避難されている方々に、心からお見舞い申し上げます。


あの日から1ヶ月が経ち、ようやく私もブログを書く気力が出てきた。

なので、忘れないためにも、3月11日のことをまずは書こうと思う。


長男・凌空の帰りの幼稚園バスが到着するのが、いつも大体14時45分過ぎ。

なので、この日もその時間に迎えに出た。

大陽はお昼寝していたので、ちょっとの間だからと家に寝かせたまま、凌空のお迎えは一人で出てしまった。

幼稚園バスを待っていると、ゆらゆらっと地面が揺れだしたけど、関東で小さな地震は結構多かったので、またすぐに止むだろうと思っていたら、それがなかなか終わらず、段々横揺れが大きくなってきた。

私の隣に立っていた電柱が倒れるかと思うくらいゆっさゆっさと揺れている。

(これは、長いぞ、ヤバイぞ~、どうしよう、どうしよう、大陽が家で一人で寝てるし・・・)

私と地面が揺れている間に、幼稚園バスが角を曲がってやってきた。

バスは走っている間は地震に気づいていなかったみたいだった。

私の前で停車して初めて地震に気づいたバスのみんなは、少し驚いていたみたいだけど、そんなにパニックにはなっていなかった。よかった~、みんな怖がってなくて。


大陽のことが心配で、凌空と急いでマンションに戻ると、すでにマンションの住民がたくさん外にでてきていた。

この時すでに停電していて、エレベーターは使えなかった。

うちに戻ると、なんと図太いことか、大陽はまだスヤスヤ寝ていた。

よかった~、無事で。本棚とかの下に寝せていなくて、本当によかった。

隣の部屋の本棚は、2センチくらい前進していて、本が何冊か下に落ちているが、他には被害はなかった。

私の宝物の食器たちも、無事だった。


停電すると、マンションなので水道も使えない。

夕方になり、どんどん日が暮れていく。

こんな時の備えなど全くしてなかったので、懐中電灯も、ペットボトルの水も何もない。

幸い水道は1階は出ているみたいなので、管理人室に水をもらいに行った。

明りは、アロマ用のティーキャンドルでとりあえず我慢。

どんどん暗くなってきたが、それでもまだ電気は来ない。


九州の母から、固定電話に電話が入った。

「そっちは大丈夫?東北の方は津波ですごい被害よ!」

こっちはテレビも見れないので、情報が全く入ってこない。

ただ、八戸の義実家が気になった。

家は八戸港のすぐ近く。

しかも、義父の喉頭ガンの手術は、前日の10日だったのだ。


夜になって、また固定電話がなる。

今度は八戸の義母からだった。

義父の入院している病院の公衆電話からかけてきてくれた。

こちらのみんなは大丈夫だとのこと。

地震・津波の時はみんな高台にある病院に来ていて、とりあえずそのまま義父の病室で避難を続けているとのことだった。

前日の義父の手術に立ち会うため、東京在住の義姉とうちの旦那は八戸に帰っていたが、旦那だけ仕事が忙しく日帰りで埼玉に帰ってきていた。

もし旦那が予定通り2,3日八戸にいることになっていたら、被災し、そのまましばらく埼玉に帰ってこれなかっただろう。

とにかく、義姉が義両親とともにいてくれていることにホッと胸をなでおろした。


真っ暗闇の我が家では、余震が頻繁に起こっていたが、子どもたちは思ったより怖がらずよい子にしていた。

むしろ凌空は、この非日常を楽しんでいたかな。

携帯は全く通じず、旦那とは連絡が取れない。

そこで、初めて携帯で災害伝言版なるものを使ってみた。

これで、旦那と連絡が取れてしまった。

なるほど、こうやって使うのかと、いい経験になった。

私にとっての本当の非常時にはこれを使ってみよう。

夕食はとりあえずパンを食べたと思う。

そして、汲み置きの水で歯を磨き、寒いし暗いしやることないし~なので、20時前に布団にもぐりこみ、3人でくっついてそのまま寝てしまった。


目が覚めたのは、夜中2時過ぎ。

気がつくと電気が復旧していて、明るく部屋を照らしていた。

早速テレビをつけていると、これは想像を絶する事態になっているではないですか。

しばし、頭が真っ白になったのを覚えている。


この日から、日本の苦難の日々が始まる。

テレビではほぼ24時間震災関連のニュースが報道され、

原発事故も次から次に悪い方向へ事態が進んでいくし・・・

それを見るたびおろおろ涙を流し、自分の無力さを思い知り、気分がどんどん沈んでいき。。。

それはきっと私だけでない、みんなそうなのだ。

社会の活気がなくなっていたのは事実だけれど、自粛自粛と旅行や花見を控えていたのは、きっと無理に自粛していたのではなく、みんな気分が沈んでそんな楽しいことをする気力が失われてしまっていたのだと思う。


震災から一ヶ月たち、春となった。

満開の桜が私たちを元気づけてくれているようで、ようやく気持ちが上向きになってきた。

そうそう、この「元気」が、被災していない私たちが被災地へ向けて贈れる見えない支援物資なんだよね。

がんばろう日本、です。




大陽はもうすぐ1歳10ヶ月。

言葉もかなり口から出てくるようになり、こちらの言っていることも結構理解できている様子。

しぐさのひとつひとつもかわいくて、いつも「大陽、めんこいっ!」と連発しています。


ここで最近の大陽の様子を記録しておこう。


体重は10キロちょっと。

断乳してからモリモリ食べだした。

ほっぺもだんだんふっくらしてきて、人相もかわいい大陽ちゃんからガキ大将風に変わってきた。


夜ごはんはいつもフライング。

私がまだテーブルに料理やらおはしやらを並べているうちに、

勝手に椅子によじ登って、まず一言「おいしそ~!」

そして一人でもしゃもしゃ食べ始める。

でも、完食は滅多にしない。

食べたくないときは断固として口を開けない。

頑固なところは両親ゆずり。


好きな食べ物・人参、鶏の手羽先、餃子、ふりかけごはん

嫌いな食べ物・イモ類、豆腐(なぜか食べない)


得意技その1・キス

眠くなるとキス魔になる。

隣に寝ている私のほっぺにチュ~と何度もしてくる。(毎夜のことなのに、うれしい)

そして私の顔の上に覆いかぶさってきて、息ができなくさせる。

最後に布団の上にバタンバタンと何度も倒れこんで遊んだ後、

私の右側の布団にもぐりこんできて、目をとじたら3分ほどで寝てしまう。

これがオッパイとバイバイしてからの彼の入眠儀式となった。

大陽のキスは本当に上手。

ちゃんと「チュッ」と音がする。

これは一生お母ちゃんのためだけにとっておいてほしいな~。(無理か)


得意技その2・相づち

私の行ったことに100%「うんっ」と首を縦に振ってくれる。


「いつもお母ちゃんのご飯おいしいよね~」 「うん」

「お母ちゃんが一番きれいだもんね~」 「うん」

「お父ちゃん、いつも洋服ぬぎっぱなしで困るね~」 「うん」


・・・大陽は私の一番の理解者なのです。