かつて横浜は、桜木町のマンションの一室に「DEE-BEES」というジャズ・レコードの廃盤専門店がありました。品揃えは豊富でしたが日本一高いと噂された他、エントランスのオートロックを開錠してもらい、スリッパに履き替えて部屋に入るシステムは先客がいる場合はともかく一人だけだと緊張を強いられ、何か買わないと帰れないような雰囲気が漂っていました。

 

その日もなかなか購入レコードが決まらず、以下痺れを切らした?店主との会話です。

 

店主「どんなのをお探しです?」

 私「テナーサックスで珍しいものを・・・」

店主「○○とか、△△は?」
 私「持ってます」

店主「じゃあ、××は?」

 私「それもあります」

店主「HERBIE MANNは?」

 私「えっ!HERBIE MANNってフルートの?」 

店主「これがとっても良いのですよ」

 

 

と言って聴かせてくれたのが『YARDBIRD SUITE』(SAVOY MG 12108)でした。

 

YARDBIRD SUITE(SAVOY MG 12108)

 

「DEE-BEES」で聴いたのは、HERBIE MANNの逞しいテナーソロを含んだ「HERE’S THAT MANN」。全6曲中、この曲を含めテナーに持ち替えているのは2曲だけですがHERBIE MANNがテナーサックスを吹いているということだけで驚き、しかもFRANK FOSTERにも似た音色に感激・・・・即お買い上げとなりました。自宅に戻り冷静になって聴き返すと圧倒的に目立つのはPHIL WOODSのアルトの方で、このアルバム自体WOODSのリーダーアルバムと言っても良いくらいでした。それでも次の日からHERBIE MANNのテナーが聴けるアルバム探しが始まりました。

 

 

THE JAZZ WE HEARD LAST SUMMER(SAVOY MG 12112)

 

上掲盤のセッションのベース(WERNDELL MARSHALL→WILBUR WARE)とドラムス(BOBBY DONALDSON→JERRY SEGAL)が替わった以外は同じメンバーの録音が、このアルバムのB面に収録されています。衆目はSAHIB SHIHAB、JOHN JENKINS、CLIFFORD JORDANが揃うA面に集中しがちですが、B面も残り物の感じはしない優れたセッションです。B面全2曲のうちHERBIE MANNのテナーが聴けるのは「WORLD WIDE BOOTS」で、本業でないテナーを余裕をもって吹けたのは共演のPHIL WOODSの存在が大きかったと思います。ただ、ソロパートの展開やフレーズでPHIL WOODSに一日の長があったことは否めません。

 

 

上掲2作は1957年の録音。順番は逆になりますが1956年録音の下掲2作では、よりHERBIE MANNのテナーサックスを堪能できます。

 

MANN IN THE MORNING (PRESTIGE 7136)

 

バックはAKE PERSSON、ARNE DOMNERUS等スウェーデンのミュージシャンたち。但し金管楽器が入り、さらにRVGの録音・マスタリングのため音に厚みが増しています。「ADAM’S THEME」「POLKA DOTS AND MOONBEAMS」「I CAN’T BELIEVE THAT YOU‘RE IN LOVE WITH ME」の3曲でテナーに持ち替えていますが、中でもミディアム・スローで朗々と奏でる「POLKA DOTS~」は白眉。アップテンポの曲より繊細なミディアム以下の曲でHERBIE MANNのテナーの真価が発揮されています。

 

 

 

HERBIE MANN WITH WESSEL ILCKEN TRIO (EPIC LN 3499)

 

伴奏を務めるTHE WESSEL ILCKEN TRIOは、オランダのドラマーWESSEL ILCKENがリーダーで、ピアノにデビュー直後のPIM JACOBS、ベースはPIMの兄弟のRUND JACOBSという布陣。PIM JACOBSの端正なピアノは、既に後年の成功を暗示しています。

 

全体的には欧州のミュージシャンとの共演で透明感のある内容になっています。テナーに持ち替えるのは「LITTLE GIRL」「DEAR OLD STOCKHOLM」「BLUES FOR LEILA」「TRY A LITTLE TENDERNESS」の4曲。中でも「DEAR OLD STOCKHOLM」は究極の一曲で、あのSTAN GETZバージョンと比肩するレベル、

もし私があの時の「DEE-BEES」の店主だったら、間違いなく「DEAR OLD STOCKHOLM」を紹介していたと思います。

 

なおEPICの録音・マスタリングには感心することが多く、これも最高の音質。紹介した他の3枚(すべてRVG録音)を完全に上回っています。

 

 

HERBIE MANNには他にも50年代に1~2曲テナーを吹いている作品がありますが60年代以降はフルート一本に絞り大成功をおさめます。でも個人的にはテナーに専念した作品も作って欲しかったと思っています。

 

 

ROLAND KIRK、JEROME RICHARDSON、YUSEF LATEEF、BOBBY JASPER、JAMES CLAY、JIMMY GIUFFRE、CHARLES LLOYD、JAMES MOODY、DON RENDELL、FRANK WESS等もテナーサックス一本で、やっていける実力は十分だったと思いますが、SONNY ROLLINSやJOHN COLTRANE、STAN GETZらが群雄割拠する中では、マルチリード奏者の選択を余儀なくされたのでした。