1950年代に隆盛を極め、未だに多くのファンがいるモダンジャズ、ところが70年たった今でも、作品の誤った情報が、そのまま伝わっていて、ROCKに比べ“周回遅れ”の状況は改善されていないようです。そんな一例を挙げてみましょう。

 

『CHET BAKER SINGS』収録曲のチェットのヴォーカル・パートをカットして、代わりにビル・パーキンスのテナーなどをオーヴァー・ダヴィングした不思議なアルバム!

 

これが、現在もCHET BAKER の『PRETTY GROOVY』に使われている宣伝文句です。

 

 

でも違うのですよ!

 

 

PRETTY GROOVY (WORLD PACIFIC WP-1249)

 

『CHET BAKER SINGS』のCHETのヴォーカル部分を削除し、BILL PERKINSのテナーのテナーをオーヴァー・ダヴィングした“ゲテモノ”のレコードとした誤った情報が堂々と伝わっていますが、BILL PERKINSがらみは4曲のみ、同様にJIMMY GUIFFREが1曲です。あとは、これまでのCHET の『SINGS』以外のレコードのアルバム未収録曲、別テイク集です。そのBILL PERKINSがらみの4曲にしても「LOOK FOR THE SILVER LINING」のRUSS FREEMANのソロは全く違います。「TIME AFTER TIME」は曲のテンポもCHETのトランペット・ソロもRUSS FREEMANのイントロも相違、「MY FUNNY VALENTINE」もRUSS FREEMANのピアノのバッキングが、まるで違います。更に「BUT NOT FOR ME」もCHETのトランペット・ソロがまるで違う(こちらのバージョンの方がメロディアスで素敵)等、CHETのヴォーカル部分を削除し、PERKINSのテナーをオーヴァー・ダヴィングしたものではなく、『SINGS』のセッション時に、PERKINSを加えて別に録音したインスト・バージョン”と見るのが適切でしょう。

 

確かに、一聴、ヴォーカル部分を削除しテナーサックスを被せたような錯覚に陥りますが、ちょっと真面目に聴き比べれば、全く違うことぐらい直ぐに分かるはず。アルバムの宣伝文句は、ジャズ評論等を、そのまま鵜呑みにしたのでしょう。確かに評論家が、テナーサックスをオーヴァー・ダヴィングしたと誤認したのには伏線があります。PACIFIC JAZZのオーナー、RICHARD BOCKは『CHET BAKER SING』に後年、JOE PASSのギターをダヴィングしたり、ドラムレスのJIM HALL TRIOの名作『JAZZ GUITAR』にも後年、LARRY BUNKERのドラムスを被せる等、オーヴァー・ダヴィングの“前歴”があるからです。

 

 

CHET BAKER SINGS (PACIFIC JAZZ PJ-1222)

一世を風靡し、70年以降もメディアで大々的に取り上げられたアルバム。CHET BAKERは長きに渡り活躍し、日本では特に人気があったアーティスト、正確な情報を望みたいですね。

 

余談ですが、インスト・バージョンでのBILL PERKINSは素晴らしく、『GROUND ENCOUNTER』の名演を思わせる、レスター系の寛ぎに満ちたテナー・ソロを堪能できます。こんな感じのリーダー・アルバムを作っていたら、もっと人気が出ていたのに・・・・残念です。