たこぱぱのブログ

たこぱぱのブログ

中学受験振り返り、自作オーディオ、IT雑記など書いていきます。

たこ野郎も無事早大一年生になった。

 

中受から書いてきたこのブログ、早大入学でもう書くことないかと思ってたけど、「大学の様子も知りたい」とコメント頂いたし、大学生に入った後もいろいろ思うことがあったので、時々書いていこうと思う。

 

早大進学に際し、思わぬ再会があった。

中受時に日能研で同じクラスだった「いか子ちゃん(中高一貫女子進学校)」が、早稲田大学に進学した旨、いか子ママより連絡があった。彼女は慶応、早稲田、上智の複数学部で合格をもらったらしい。一般受験でこれだけの合格を総なめするのは凄い。小学生のころから優秀な子だったが、中高で努力し、順調に成績を伸ばし合格を勝ち取ったのだろう。早高の担任から「一般受験では受からないですねー」とさらっとダメ出しされたたこ野郎は、こういう子たちと大学で同じ土俵でやっていけるのだろうか、、と心配になった。(;´・ω・)

 

ただ、いか子ちゃんの第一志望学部(唯一残念だった学部)が、たこ野郎が推薦をもらった学部。男女の志望学部の志向が違うとは言え、何とも皮肉な結果というか。。

 

そして4月1日に入学式があった。ママは早高でたこと同じ部活だった子のママ友と早大に行った(ただし入学式会場には入れず、どこかの教室で入学式が配信されるのを見ていたよう)。

たこぱぱは、平日に仕事を休んでまで行く気にはならなかった。もう大学生なんだし。

 

入学式当日より、サークルなどの勧誘で早大キャンパスは盛り上がっていたよう。たこ野郎はいろんな部活・サークルに顔を出し、体験入部・歓迎会のようなものに参加したみたい。

「大学で友達が出来ないと最悪だ」と言い、自分の所属する場所を探すたこ。ぼっちになるのを恐れている。もしかしたら、一人っ子だから生存のためDNAの指令で居場所作りにいそしむことになったのかも。そう思うと少し胸が痛む。。(;´・ω・)

 

新歓などで「早稲田高校出身」というと、「頭いいね!」「すごい!」と言われたと嬉し気。それ、外部受験で東大などを勝ち取り、進学校に負けない早稲田高校ブラントを確立してきた武闘派の同士達のおかげだから。。

 

大学でもスポーツはやりたいが、中高やってきたものとは別の競技をやりたいとの事で、結局マイナーな競技の運動部と、スキーサークルを掛け持ちすることに決めたらしい。

 

こんな感じで、たこ野郎のゆるやかな大学生活はスタートした。

部活やサークルもいいけど、勉強もしっかりして欲しいのだが。。早高より授業料高いし。(;´・ω・)

先日、早稲田高校の卒業式が行われた。

 

例年は受験組の結果が出てない2月だったが、今年から3月になった。生徒達はそんなこと気にしてないだろうということで。生徒を見てると、その通りだろうと思う。

 

今年は、初めて新校舎の誠ホールで行われた。大隈講堂のほうが設備は良いけど、最後に新校舎の綺麗なホールに入れて良かった。

 

卒業証書授与では、各クラスの担任から卒業生の名前が順番に呼ばれ、代表者が登壇し卒業証書を受け取った。感極まり名前を呼ぶ声が涙声になる先生もいた。

 

その後、成績優秀(かつ品行方正)者の表彰、学校長告示、来賓(過去の卒業生)祝辞、在校生送辞、卒業生答辞、校歌斉唱などが行われた。

卒業生答辞は圧巻で、生徒、先生、保護者みんなが引き込まれ、涙し、この日最大の拍手が沸き起こった。すごい生徒だ。念入りに考えたとは思うけど、才能なければこんなに心に響く話は出来ない。政治家に立候補したら確実に当選するだろう。


卒業式第二部では、高三生主催による中学入学からの写真をもとにしたクイズ大会、先生への感謝の品贈呈などが行われた。

保護者とのふれあいは比較的少なめな学校だったが、先生は熱量をもって生徒に接してくれていたと思う。生徒からの贈り物も、先生の趣向に合わせ一人一人異なるものを贈り、会話からお互いの信頼関係が出来ていたようだった。

 

早稲田中高の掲げる「誠」の精神、噓をつかず、優しくて強い人になれ、は確かに生徒たちに浸透していると思った。

 

最後に先生が「君たちは可能性の塊だ。挑戦しないのはもったいない!」と話されていた。その通り。入学したての頃と比べると、みんな逞しくなっている。これから社会を支えていく、貴重な人材。希望と可能性に富んだ生徒達を見て、子供は宝で、子供が増えていく社会にしないといけないと実感した。

 

この早稲田中高の仲間に加わることができ、早大へ進学が決まった。中学受験での奇跡的な合格から、入学後は中高と成績はぱっとしなかったけど、部活に打ち込み、たこにとって良い中高生活だったのだろう。早稲田中高の仲間が出来たのが、何よりも宝だと思う。

 

ついに卒業と思うと名残惜しいけど、かといって、頭の良い子達に囲まれやっていけるか、早大推薦もらえるか悩んだ日々には戻りたくない。今の気持ちは、きっと終わりが良かったからこそ思える、贅沢なものなんだろう。もうこの学校に入ることはないと思い、帰りがけに大隈重信像など、いろいろと写真を撮った。

 

たこ野郎を受け入れ、育くみ、推薦をくれた早稲田中高に感謝!

2学期末テストが終わて勉強するのをやめたたこ野郎。

「1月には共通テスト受ける可能性もあるので、まだ勉強辞めるな。また推薦で入れても、一般入試で入って来た優秀な子達に追いつかないといけないし」と言ったが、もう完全にやる気なし。(;´Д`)

本当に受験になったら、一浪しても早大に入るのは至難の業だろう。(;´・ω・)

 

2学期終業式(成績返却日)の翌日、推薦内定の学部が記載された書類一式が早稲田高校から発送される。到着はその翌日。

推薦されない場合は、学校から電話がかかって来るらしい。まさに地獄の電話。(;´Д`)

たこ野郎は朝から電話の前でスタンバイ。地獄の電話がかかってこないか待つのは苦痛だっただろう。

 

その日ぱぱままともに仕事で、ダメならラインで連絡しろと伝えていた。ラインに通知のバッジがつくたびに、開くのが怖かった。。

学業評定はそこまで悪くはないので、どこかには引っかかるだろうと思っていたが、もし駄目だったらどう声かけようか、ママは大丈夫かなど、いろいろと考えていた。

 

昼を過ぎても何も連絡こない。さすがに学校も午前中には電話するだろうと思いつつ、何事もなく時間が過ぎてくれることを祈った。

夕方、ママが「誰か電話きた?」とチャットで切り出し、誰にも電話が来てないとを確認した。ママは「これってどっかには入れるということだよね?」ということで、友人にもその旨連絡を開始。ぱぱは通知書を見ないと安心できない(誰かがどこかでミスしている可能性もある)と思い、喜ぶのは控えていた。

 

その翌日の午後、レターパックが届いた。

たこ野郎が雑に開けて中身を確認。第二希望の学部にて推薦内定との通知であった。

 

第二希望が実質的な第一希望だったので、十分過ぎる結果であった。慣れ親しんだ早稲田エリアで引き続き大学生活を送ることが出来る。

第一希望も、そこでやりたいことがあった訳ではなく、生徒が考える早大の学部ヒエラルキーというか人気というか、ぼんやりしたものに流されて選んだだけであった。

 

推薦もらって振り返ると、もしかすると心配しすぎたのかもしれない。

毎年若干だが早大推薦枠は余るし、たこの成績も学業評定は致命的に悪かった訳ではない。ただ、確たる情報がない中、人生に大きな影響を与える事なので、心配はどんどん膨らんでしまった。

 

早大に入るのがゴールと考えていたが、さっそく「優秀な一般受験の子たちについていけるのだろうか」「就職は大丈夫だろうか」「ずっと男子校だったので、頂き女子にひっかからないだろうか(;´Д`)」など、あらたな心配の種を探し始めてしまった。子供の心配の種を見つけ続けるのが親というものなんだろう。(;´・ω・)

 

とにかく、終わって(推薦もらえて)良かった。。

最後の底力なのか、鈍感力がなせる業なのか。。(;´・ω・)

 

悲惨な総学2であったが、成績分布を見ると、定期テストでは見たことがないくらい、狭い得点ゾーンに多数の生徒が密集していた。順位は下がったが、得点差は大きくつけられた訳ではないのかも、と思った。

 

たこ野郎に「周りの子はもうゴールテープ前だが、たこは推薦取れるかぎりぎりで争ってるので、期末テストで1点でも多く取るよう全力で頑張れ」と言った。

 

すると「分かってる。次は高三の年間評定になるけど、1科目1点あげると推薦に使われる得点が0.7点上がる。1学期や2学期の得点も見て、上げやすい科目と上げにくい科目を分析したので、それを重点的にやっていく」と、今更ながらまともなことを言い出した(;´Д`)

 

学業評定は相対評価でなく絶対評価。単純にテストの得点で決まるので、75点だと8、74点だと7。前者を9に上げるのは厳しいが後者だと上げやすい。また科目毎の重みづけもないので、数日集中的にやれば得点が取れる暗記科目と、勉強を積み重ねないと得点が難しい数学や英語も同じ(ただし数学や英語は複数教科に分かれている)。このあたりをたこ野郎なりに分析したのだろう。

それ、もっと早くやれよ。。(-_-;)

 

そうこうしてると期末テストが始まった。様子を聞くと「まあ出来た。先生も最後お情けなのか問題が簡単だった」と言ってた。地頭など関係なく、勉強すれば取れるような素直な問題にしてくれたのだろう。

 

総学2の結果にめげず、前向きに取り組んだのは、「こいつなかなかやるな」と思った。鈍感力がなせる業なのか。。

 

テストの結果は、、

最後の評定は、中高6年間で初めて真ん中より前の成績だった。

これで、何とかなるかな。何とかなって欲しいと思った。

 

翌日は運命の日。。

 

推薦申請も無事終わった。

ママは「第一志望いけないかなぁ」と楽観的なことをポツリ。たこぱぱは慌てて「総学2が抜群に出来ていれば別だけど、あの様子ではそんな風に見えない。第五希望までのどこかに引っかかれば御の字だと思った方が良い」と現実を突きつける。

「そうかなぁ。。そうだよね」とママ。ここで期待値を正しておかないとろくなことがない。

 

答案は戻ってきているはずだが、たこ野郎は見せたがらない。いつものこの流れだと、結末は大体察しがつく。(;´・ω・)

 

そうこうしていると、ママがママ友から情報を仕入れたらしく、「もう成績返されたはず。出しなさい!!」と言われ、しぶしぶ持ってきた。

 

結果は、、第一回より順位下がってます、はい。( *´艸`)

たこの後ろにはもうあまり人がいない。。(;´・ω・)

 

人生かかってるので、どんな子も推薦組は総学に合わせ勉強しきてる。もともと地頭が良いが何らかの理由で低迷していたタイプの子は、追い詰められここぞとばかり高得点を取っていく。可哀想だけどたこは同じやり方では対抗できない。

 

確かに夏休みから勉強量は増えたけど、それは自分の中での比較。順位を上げるには、周りの子よりも「適切なやり方で」「より多くの時間」勉強に費やす必要がある。そういえば中受のときも夏休み明けからずるずる偏差値を下げていた。。

 

定期テストは決められた範囲を詰め込んで何とかしてたのだろうが、学力が蓄積してなかったのか、実力が試される模試では数学を除き極端に悪い。そんな中、高校全範囲かつ難易度が高い総学(早大入試とそんなに変わらないと言われるが実際は不明)には、どう対応して良いか分からなかったのだろう。手がかりとなる総学過去問もろくにやってないし。塾も基礎を押さえる目的で入っており、総学へ対応する勉強は出来てない。

 

塾に行き、以前より学習時間が増えたのでまあ何とかなるかなと傍観していたが、、もっと強力に関与すべきだったのか。。

塾にもっと早めに行かせ、どれだけ勉強すれば模試でどの程度成績が取れるのか体感させておくべきだったか。

後悔先に立たず。。(;´・ω・)

 

ママは悲壮感が漂う。週末には「どこでも良いから推薦をあげてください」と神頼みのため神社へ行っていた。

期待値を修正しておいて良かった。(;´Д`)

 

でも、まだ終わってはないし、あきらめてる場合ではない。まもなく始まる2学期末テスト迄が推薦の評定に入る。

そんな中、たこ野郎は意外にも前向きで、最後の期末テストに対してこれまでにないやる気を出していた。。つづく。(;´・ω・)