前回のブログで書いた甲状腺癌の話は8年前のこと。
まだ46歳だったときの話。
音楽復活もしてなくて、声を維持するためのカラオケ3時間とかはあったけど。
歌好きなママ友と二人で3時間好きな歌を歌い続ける~を二ヶ月に一回ぐらいの感じで楽しんでたぐらいだった。40歳になったばかりの頃に江原啓之が何かで「50歳(年代が変わるときってことだったかな)のじぶんをビジョンで描いて考えよう~」みたいなことを聞いた(見た?)ので自分もやってみようと想い考えた。
とうちゃんと出会って「つばめ」と言う形でLIVE始めて8ヶ月・・・。子供を授かり、とうちゃんの転勤・・・などで活動休止。
確か・・・最後は野外のステージだったな・・・。最初で最後の野外ステージかな。
そこからずーっと外に向けての音楽発信は全く無くなり・・・
引越し~引越し~引越し~引越し・・・
いつも漠然と「いつか~」の話を二人でしてたな・・・
昔の自分たちそれぞれの反省やら「ここ伸ばそう~」なんて話も17年、子育ての隙間に話してた。
そんな日々の中で私がしたいことってなに?
・・・歌うこと・・・弾き語りじゃなく「つばめ」で歌うこと!これだな~。
50歳の誕生日はステージで「つばめ」として歌っていたい。
それが夢だった。
いつから始める?「そのうち・・・」とうちゃんの答えはいつもそう・・・。
この夢の話はもちろんしていない。とうちゃんの反応見ていつか話そう・・・と考えてた。
だって先の話だもの・・・そう、先の話。時間はたっぷりあるものと思ってた。
そろそろ考えないと本当に間に合わなくなったりして・・・と思い出した頃見つかった甲状腺癌。
告知を受けてからとうちゃんに夢の話をした。
もちろんその時はそんなこととうちゃんは考えられなかっただろうけどね。
甲状腺乳頭癌これが正式名称。
この病気は5年で95%10年で90%の生存率の癌。
完治できるけど・・・甲状腺の摘出手術しないといけなかったけど・・・。
この病気にならなかったらきっと今の音楽活動は無い。
漠然と・・・そのうち~のまま過ごしてたに違いない。
いろんなことに限りがあると実際に親身に感じるための出来事だったのかもしれない。
そのうち・・・は来ないのだ。自分が動こうとしない限り夢はかなわない。
ほんの少し意識を広げて、一言「LIVE復活したいんだよね・・・」と知り合ったばかりのMixiの友人に。そこから「一番星食堂」に出逢った。
初めてネットを通して知り合った彼女のおかげで今につながった。
自分で一歩踏み込んだからこそ、今があるのだと思う。
その友人は辛口の批評もしてくれた。
「華が無い。おもろ無い。Etc・・・」
そのおかげで悩み苦しんだこともあった。
でもね、辛口の批評は育ててくれたと思っている。きっとね。
病気は誰でも何かしか起こる可能性を持ってる。
すでに表面に現れてる人も、潜伏してる人もいるはず。
病気になったのは運命的に決まってることも生き方の結果もどちらもあると思う。
私のは複合かな・・・。どっちの要素もあったと思う。
生き方の結果が大きいかな。何かを溜め込んで体に蓄えてるみたいな・・・【着ぐるみはそのせい?じゃぁ無いよね・・・汗】それが結果としてしこりやら腫瘍やらになったのかな。
おおらかに生きないとね。
広く、大きく自分を見ないとね。
簡単で単純だけど難しいこの「おおらか」が今の課題。
追い詰めて追い詰めてどんどん視野が狭くなって・・・
最後には見える世界が針の穴ぐらいになって・・・
周りから見たら「ひとりで何に詰まってるの?」的な感じだったかな。
ひとりよがりな自己満足の世界だったのにね。
病気になっても悪いことばかりじゃないね。
いろんなこと初めて気が付いたし(そんなこともしらなかったの?見たいな事も多いけど・・・)
自分のタイミングでしかわかること出来ないんだよねこんなことって。
だから病気なっても悲観ばかりしないよ。
最初の頃は「悲劇のヒロイン気分」的なこと思ったりもしたけどね。
何が起きても寿命があるうちはがんばって生きていないといけないし・・・。
殺されても死なないタイプは生きないといけないようだし・・・。
そんなこんなで今があるから。
時々まだ煮詰まっちゃうこと多いけど・・・
がんばらないでがんばろうと思う。
失敗したらざんねん・・・また最初からできることからやってみよう~
失敗も後の何かの役に立つよ・・・きっとね。
1本の映画からたくさんのこと思い出して・・・
忘れてた感謝の気持ちとか、シンプルに整理することとか・・・
いろんなこと学ばせてもらったかも。
私は生きてるんだもの。
自分のために息して、食べて、そして楽しんで。
また次の楽しい時間まで
日常の日々、楽しんでいこう。
夢の実現、知らない方へ
50歳の誕生日の夢実現させたよ。
50人ほどのお客様に聴いていただけた。
一番星食堂でね。