沢田研二さま、お誕生日おめでとうございます。

71歳になられましたね〜

今年も元気にツアーが始まり、ツアー中にお誕生日を迎えて、直接お祝いは言えないけど
きっと全国各地であなたのために勝手にお祝いしているのでしょうね〜(^з^)-☆

私も毎年この日は、仕事を休んで地元のジュリ友とお祝いします\(^o^)/

これからの一年、体に気をつけて来年もまたおめでとうが言えますようにお元気でいてくださいね。
ではランチに出掛けて来ます。

横浜に向けて、
ジュリー――――っ!!!
お誕生日おめでとう!!!

思いがけずチケットを手に出来て行って来ました。
席が壁際だけど一階前方だよって、ジュリ友から連絡があった時に、飛び付いてしまいました。

ジュリ友が腰の手術で行けなくなったとのことで、ぜひにと言われてさあ大変、こんなこともあろうかと仕事を休みにしていたのに、なかなかチケットが手に入らず、二階三階はあっても一階が無くて、諦めて仕事入れちゃえと出勤に変えたばかりでした。

急遽、午後半休を取り大急ぎで家に帰り着替えて2時半の電車ならNHKホールに間に合うと思い電車に飛び乗りました。
いい時代になったものです。
昔なら一時間に一本しかなかった電車が、今は数分おきにあるのですからね。

4時20分頃に着き、開場はしているので席の確認をしたら、ほんとに壁際でした。

何人かの顔見知りの方と会い近況報告し、大好きなジュリ友さんとは会えなかったけど、きっとジュリーをキラキラした瞳で見つめているに違いないと思うと会えなかったのは残念でしたが、来られて良かったねと嬉しくもありました。


ライブは、一曲目から総立ちですし、お気に入りの曲だから否応なしに盛り上がりました。

きっと〜いつかは〜で腕を上げますが、10年一昔と言いますが、この10年でなんと言うことでしょう。
腕が上がりません💦
さすがの私も高齢者の仲間入りです(。>д<)
明日の仕事に差し障りがありますからほどほどにしましょう。

初日は歌を聴く、と言うよりジュリーを見たかったため二階から双眼鏡で見つめていましたが、今日は歌をじっくり聴くことにしました。
往年のヒット曲が続き、新曲に入ります。

ジュリーの歌を、声をじっくり聴いていたら、何故か不謹慎ですがあまりにも心地よくて眠くなってしまいました(;´д`)

この声が好きだわー

この声でいつも眠りに落ちるのよね〜

この声は唯一無二のものですね。

一時期、体格が良かったときは声も太くなりましたが今は声も元の艶やかな、ダイヤモンドを転がしたようにきれいになりました。

マイクを近づけて、あ―――っ!と何度も叫び、
とてももうすぐ71歳となる方とは思えません。

体型がシュっとしたことが幸いして、動きが軽やかになり、そして今回の衣装がカッコよいので後ろ姿が40代に見えました(^_^)v
そういえば初日のフォーラムでは30代と書きましたが、言い過ぎました(^_^)v
でも、いや、ほんとです(汗)
若くなりました、ジュリー。

20日は衣装が変わったそうですが、なんとピンクのジャケットだそうな(^з^)-☆
見たかったなぁ〜

君をのせて、で一部は終わり
さあ、ねこちゃんタイムです。
ジュリーがやってみたかったと言う被り物。
本当にねこちゃんが好きなのですね。
前日の夜の地震の事を心配したMCでした。

そして
誕生日をジュリーから祝ってもらえるなんて、凄いことです(^з^)-☆
この日も4名の方が手を挙げて、ジュリーからおめでとうございます、と言われていました。
羨ましいです。

私は10月後半なのですが、大阪フェスに行きたくなりました(;o;)
誕生日当日大阪フェスなんですよ〜

ライブが進むうちに、飲めよ、歌え、と客席のみんなも歌っているんですね。

TOKIO♪
この日のTOKIOはめちゃくちゃで、☆二つも作ったり、やさしい女を、おかしな女(。>д<)と歌ってしまったり歌詞間違いも多くて、疲れたかなジュリー。

ラストのさよならを待たせて♪
大好きな曲です。
あの、あ〜と言うため息みたいなのは他の人には絶対無理ですね!


二回目のジュリーライブが終わりました。
あれも書こう、これも書こうと思っていましたが次の日からの怒涛の仕事の忙しさですっかり忘却の彼方(。>д<)

ただ初日にも感じましたが、ジュリーを見つめていると、初めてタイガースのライブに行き、
初めて沢田研二と言う人を観て、一生かけて好きになるなんて想像もしませんでした。
まったく魅せられてしまったんですね。

そんな方が会場いっぱいにいて、目の前にいる愛しい人を見つめている姿を目の当たりにするとジュリーも私達も幸せだなぁ〜と感じます。

この愛しい人に会うため、歌声を聴くため、みんないろいろなことをどうにか都合をつけて駆けつけるんですね。

仕事を休みにしたり、家庭の事をきちんとしてきたり親御さんの介護をしている方もいらっしゃるかもしれません。

私も2007年から、2008年にかけては母を家で介護していましたから良くわかります。

妹が来てくれて、ジュリーのライブに行ってきなよ、と言われて何回か行きました。

現実を忘れ、非現実的な場所で久しぶりにときめいて、また明日から介護を頑張ろうと思いました。
母にジュリー観てきたよ、と報告すると
良かった、良かったねと笑ってくれました。

私に変わって母の面倒を見てくれた
妹には感謝しています。

余談ですが、歳を重ねるといろんな事に感謝したり、若い頃は気づかなかった相手の気持ちになって考える、ということが増えてきますね。

もしかしたら、ジュリーも70歳を越えて、残りの人生はファンのために〜
なんて考え始めたのかもしれません。


まだまだ進化していくであろう今年のライブ、次が楽しみです。
5月9日の東京国際フォーラムのジュリーコンサートの初日、東京に向かうため最寄り駅に着き、ふとスマホを見ると着信があった。
出ようと思った矢先に切れてしまった。

3年振りくらいに懐かしい名前を着信履歴で見たが、電車の中では折り返し掛けるのも憚れたのでメールを入れた。
今からジュリーだよ!あとで電話するね!と。

が、この友人は滅多なことではメールも見ないし、だから返信も来ない。

用事があればまた掛かってくるだろうと、ほっといた。
しかし、嫌な胸騒ぎはした。
私は自分で言うのも何だが、嫌な胸騒ぎがするときは、本当に当たるのである。

案の定、13日の夜にその異常な電話が来た。

3年振りでかけてきたのだから、久しぶり、元気だった?から始まり会話が成立するがその電話は、いきなり


猫のエサ、猫のカリカリ、猫のエサが無いんだよ〜〜(。>д<)から始まり

お金がマスター(ご主人は飲食店を経営していたが今は引退している。昔からご主人のことはマスターと呼び、私達友人もそう呼んでいる)が取っちゃう、マスターにエサ頼んでも買ってきてくれないんだよ〜〜<(`^´)>と叫び


○○○子(私の名前)だよね!
やっこ(友人のお姉さん)が、死んじゃったんだよ〜と泣き出す(;_;)/~~~

あんちゃんが、オレ(昔、この辺りの子供は、女の子でも自分をオレと言っていた地域がある)
をばかにすんだよ〜(´Д`)と叫んだり、

もっと話していたが、異常な様子が私には感じた。

これはただ事ではない、

友人にマスターは今いないの?
と聞いたら、
イ○ンに、おしっ○をしに行った(´Д`)
(すぐ側に店があります。)
家にトイレがあるのに外のトイレに行ってるんだよ〜(。>д<)

マスターね、私のお金をみんな取る、
私の年金ね、みんな無いの、マスターが取るの(;o;)

そしてまた猫のエサカリカリ買ってよ〜と叫び、電話は切れた………。



切れたスマホを見つめて私は呆然としていた。
これは一体何が起こってるのか、私は心臓の鼓動が激しくなり、興奮して手が震えた。

ご主人に連絡しようと思ったが、携帯番号を知らなかった。
自宅電話に掛けたが、誰も出ずに私は思案に暮れた。


その夜、あまり眠れず次の日私は仕事に行ったが、そうだ共通の友人に連絡してみようと思い、LINEした。
ゆうべの友人の異様な言動を話し、どうしたらいいか相談したが、その友人は彼女にはご主人がいるんだから任せよう。
私達はあまり立ち入りない方がいいと思うと結論を出した。


そして5月21日の午後、なんと私が勤めるスーパーにそのご主人が来たのである。
女房が、電話で訳のわからないことを話して申し訳ない。
女房の携帯に、いろんな人に掛けた形跡があったので自分もびっくりしている。
今まで携帯はあってもほとんど使用しないでいたが急に使い出した。
様子を窺っていると、友達に掛けてるようだが、おかしな言動をしている。

実は、女房は、認知症になってしまって、、、
えっ!認知症?
以下、ご主人の話をかいつまんで。


実は今日、市の福祉課に行った。
女房の様子がおかしい。
どうしたらいいか相談したい。
福祉課の人は、まず病院に連れていってください。
病院で認知症と診断されたら、またこちらに来て施設や、費用などの相談をしましょう。
と、言われた。
女房の様子は、2週間前位からおかしくなってきた。
様子がおかしくなったのは、確か3、4年前になるが、
それまでは、家に閉じ籠り外出はしたくないと言い、だんだんと鬱状態になった。
でも、話は普通に出来た。
おかしな話しもあったが…


それが、急に変わった。
まず、ハイテンションになり家の中でも妙に明るくなり、踊ったり歌ったりしだした。
と、思えば子供のようになり実家の兄妹に会いに行くと言っては泣く。
そして実家の兄を、子供の頃に呼んでいたあんちゃんと呼び、あんちゃん、あんちゃんとまた泣く。
最悪は、妄想だった。
お金の管理はもう出来ない状態だったから、マスターが管理していた。
通帳とカードを預り、二人の年金で生活していた。
具合が悪くなる前に約束したが、今はマスターに取られる、自分のお金なのにみんな使われる、と言い張る。
そしてここ何日は、携帯電話など何年も利用していないのに、どこかしこに電話しまくっている。


マスターは決心して、今日こそはなんとかしなくてはと思い、
車に乗せてドライブを提案したら今までは頑なに嫌がっていたのに今日は嬉しそうに付いてきた。
それだけでも普通ではない。


福祉課から次は紹介された病院に行き、
その病院から紹介されたのは、なんと精神病院!

友人の状態は、認知症と、躁鬱病。

また福祉課に行き、細かい事の相談をしてきた。
家庭では介護は出来ない。

実は、マスターは過去に胃がんで胃を全摘しており今も前立腺がんを、患っている。
このままでは共倒れになる。
飲食店もそれが理由で辞めてしまったらしい。



この友人は、私とは40年以上の付き合いがある。
私も人の事は言えないが、自分勝手で我が儘な性格で気分屋であった。
昔から自分の思い通りにならないと機嫌がわるくなり、攻撃的になった。
そのため、私は数年離れていた時期もある。
忘れた頃に連絡が来て、私を攻撃したことなど本当に忘れているのである。
またナアナアで付き合い始めて、同じことの繰り返しになるのだ。

それでも私は彼女を嫌いにはならなかった。
若い頃は、良く二人で買い物や食事に行った。
旅行にも行った。
我が儘な彼女に降り回らされて、疲れることもあったが、それでも楽しかった思い出がたくさんある。

私には無いものをたくさん持っていた。
私には出来ないものと言った方が正しいか(。>д<)
まず、掃除や料理が上手だった。
彼女が作る料理は本当に美味しい。
そして飲食店を経営していたからか、話し好きで気がきくのである。


洋服のセンスも良かった。彼女の家に行くたびに新しい服が増えていた。
飲食店も繁盛していて、経済的にも裕福だった。


しかし、マスターが病気になり店を閉めてからはだんだんと悲惨になっていった。

私とは3年前に会ったきりである。


今思えば、そのときもおかしかった。
髪の毛が気になるようで、やたらと自分の髪の毛を触り、今時枝毛などないのに枝毛が多いでしょ!と、その話しばかりしていた。

私の髪の毛を触り、あんたは枝毛無いね!
と、また自分の髪の毛を触り嘆いていた。
綺麗なボブカットで栗色に染めて、枝毛などはひとつもないのに………。

あの頃から兆候はでていたのだろうか。
確か、あの時はマスターも気になったようで病院に連れていこうとしていたらしい。
しかし、本人が嫌がり抵抗したので無理やりに連れては行けなかった、と言っていた。

おかしくなり始めた頃は、それでも近くのドラッグストアーなどに一人で出掛けたりはしていたらしい。
しかし、買ってくるのは大量のヘアケア用品!
そして猫の缶詰め。
猫は昔から好きで、亡くなるとまた飼い、いつも彼女の家には猫がいた。
二人には子供がいなかったから家の中には猫がいて、庭には犬を飼っていた。
庭の片隅に家庭菜園で野菜を作り、私は彼女に野菜の作り方を教えてもらった。

3年前のあの日、最後に会った日、
毎日毎日髪の毛を触り、鏡を見つめて枝毛を切りたい!と言っていた。

マスターにこの辺りの美容室ではダメだから、遠くの美容室を探して!と懇願し、ネットでマスターが探して予約し、連れていったこともあるとのこと。

それで安心したのか髪の毛のことはもう話さなくなり、ほっとしたのもつかの間、今度はまったく外出をしなくなった。

ドラッグストアーにも行かなくなり、家に閉じ籠り猫と遊び食事もしなくなった。
当然痩せ細り、マスターが食事の支度をして食べさせていた。

ここ一年は、テーブルについても、食べこぼしたりして、尋常ではなかったらしい。
それでも病院には行くのを嫌がり、泣きわめくのでマスターとしてもどうしたらいいのか、誰に相談したらいいのか悩んでいたらしい。

友達の私や他の知人には迷惑になるからとマスターは誰にも言えなかったらしい。

私は彼女が少しおかしくなっているのを分かってはいたが、何もしなかった。

独り暮らしならともかく、ご主人もいるし、他人がどうこう言う問題でもないと思っていた。
様子がおかしければ、病院に連れていくだろうし………。
しかし、お節介でもなんとかした方が良かったのか、と今は後悔している。
お互い様とは言え、3年も連絡を取り合わなかった。
私から連絡すれば良かった。
そしてマスターに話して、彼女の首に縄を付けてでも病院に連れていけば良かった。


マスターは、市の福祉課からあと10日位したら連絡が来る。
彼女に 最も相応しい施設を探します、と言われたとのこと。

彼女は私と同い年だ。
まさか、60代半ばでこんな事になるなんて、誰が想像しただろうか。



彼女が施設に入る前に、一度顔を見に行こう、と今は思っている。