9月25日、夫の肺がん検査のため病院に行って来ました。
17日に行った病院からの紹介状を持ち受付しました。

大きな病院は混んでいるのは分かっていましたが、呼吸器内科の前に行くと、11時30分にも関わらず、まだ10時の予約分が終わらずに患者さんがたくさんいました。

呼ばれたのは、なんと13時でした。
先生や、看護師さんたちはお昼休みをとらないのでしょうか、人ごとながら心配してしまいます。

17日に行った病院でのCTを見ながら、先生が私と夫に宣告しました。

やはり肺がんでした。
右側の肺がんは、肋骨近くまであり、左側にも二ヶ所出来ていました。

ステージⅣで、手術は難しい。
化学療法になります、とのこと。

ただ、大腸がんからの転移か肺がんの単発かで、薬が違うので、
それを調べます。

夫は脳梗塞を発症したときから、血栓を詰まらせない薬を服用しています。

10月3日に、気管支鏡を肺に入れて細胞をとり検査します。
なので、その日まで薬を飲まないで下さい、と言われました。
薬を飲んでいると、血液がサラサラなので少しの出血でも大出血になるとのこと。
これは大腸がんの時にも言われました。

これは余談ですが、ある病院でのこと。
夫と同じに脳梗塞になった方が後年癌になり、薬を止めて手術日を待つ間に不幸にも脳梗塞になってしまい、死亡してしまいました。
これは病院のせいだ!と、家族が訴訟を起こしました。

結果は、病院側が過失を認め遺族に支払いを命じました。

お金が欲しくて訴訟を起こしたのではないのはもちろん分かっています。
脳梗塞を経験した人は、本当に再発が怖いのです。
血栓が詰まる、これが何を意味するか、病院側も薬を止めさせるなら、様子を見ながら慎重に
患者を見ていて欲しいと私も感じました。
大切な家族が、亡くなったんです。

もちろん病院側も十分分かっているとは思いますが、夫もいつ何どきそうなるかわからないですから、本当に気をつけないと、です。

3日に一日入院します。

夫は、肺がんと宣告されたら何も治療はしない。

このまま残された時間をゆっくりと過ごしたい、が希望です。
入院治療して、苦しい思いはしたくない。
検査、検査の日々はごめんだ。

先生は夫の気持ちを尊重してくれましたが、そう思う気持ちは分かるがとりあえず検査をしてからにしましょう。

先生は、私はまだあなたと会って何分もたっていません。
あなたの性格も分かりません。
私の性格も分からないですよね。
これから長いお付きあいが始まります。
あなたが諦めてしまったら、私にはどうすることも出来ません。
私を信用してくれ、と言うのは早いかもしれないけど私とあなたの気持ちが同じになるまで私は頑張ります。

先生は必ず治る、という言葉は出さなかったけど、とても心強い言葉をかけて下さいました。
まずは、気管支鏡を肺に入れてガンの細胞を取る、から始まります。

夫は自分に突きつけられた現実を、現実として受け止めるにはまだ時間が必要でした。

大腸がんの時もそうでしたが、あの時は何故か私も夫も不思議と恐怖はありませんでた。

今では大腸がんは死亡率一位となっています。
あの時はステージⅣで、かなりやばい段階だったにも関わらず、腫瘍を取れば治る!と確信していました。

それに比べて、今回ははっきりいって不安100%です。

夕べは食事が終わったあと、私にこんなことを言いました。

じつは今年の1月ごろから何かおかしいと感じていた。
背中が痛くなり、もしかしたらどこか悪いのかもしれない。
しかし、毎日ではないし体調は悪くなかった。
だんだんと咳が出てきたが、それは前からあったしまだ気にしていなかった。
6,7,8月とそれは続き、ある日痰に血が混じっていた。
これはまずいかな、と思い9月になり私に初めて話した。
私は咳が出ていたのは分かっていたが、まだ深刻には考えていませんでした。

私も夫も、バカでした。
もっと早く病院に行っていれば…。

実は、私の妹の旦那さんが一昨年肺がんの手術をしています。
ゆうべ、久しぶりに妹から電話があったのでその事を詳しく聞いてみました。
自宅近くの医療機関で健康診断をしたときに偶然見つかり、大きな病院を紹介されたそうです。
検査の結果はステージⅣ。
手術は出来ない。

しかし、ガンの専門の病院が柏市にあり紹介状を書いてもらい行ったそうです。
そこでの結果は、手術が出来る、とのことで開腹手術をして、左肺の3分の1を切除したそうです。だから必ずしも手術が出来ないとは限らない。


今の病院で、手術が出来ないと言われても、癌センターなら必ず手術は出来るのではないか。
と、妹には言われました。

今では仕事にも復帰して、元気に生活しているとのこと。
その話を夫にはしましたが、黙って聞いているだけでした。

とにかく3日に気管支鏡の検査をしてもらい、その結果が一週間後に分かるそうです。
次回は、その結果を書いてみようと思います。

ジュリーブログなのに、私の身内の話、それも暗い話で申し訳ありません。

ジュリーの話題を書いてくれている、何人かの方のブログを拝見するのが今の私の慰めになります。

やはりジュリーが心の支えです。












ジュリーブログとして始めましたが、コンサートに行かないときは自分の身近な事を書き留めています。

友人や家族のことなどを書いてきました。

今回は、最愛の夫に見つかった肺がんについて、リアルタイムで書いてみようと決心しました。

過去の記事にも書いていますが、夫は二度の大病をしています。

平成17年に脳梗塞になり点滴入院後、復帰しました。
今でも、血栓が出来ないように薬を服用しています。

そして、平成24年には最大の病気、大腸がんになりました。
8cmもあった腫瘍を当然開腹手術で摘出しました。

再発の危険がある5年が過ぎほっとしたのもつかの間、今月に行った病院でいつものように血栓が出来ないようにする薬をもらうときに、たまたま自覚症状があったので調べてもらおうと、肺のレントゲン、及びCTをとりました。

自覚症状と云うのは、咳、かすれ声、そして血痰です。

最初に私が夫の咳に気づいたのはひと月程前です。

寝ているときに変な咳で私が目を覚まし、その咳が空咳と云うんでしょうか、風邪の時のようなゴホン、ゴホンではない咳でした。

初めは空咳からで、そのうちに痰が絡むようになってきました。

おかしいな、と感じていましたが私も夫もその時はまだ不安には思ってはいませんでした。

レントゲンでは白い影で分からずCTを撮りましょう、と言われたときは少し不安になりました。
CTを見た先生の態度か一変しました。

結果は、肺がんの疑い濃厚でした。

夫は何故に検査をする気になったのか、それは血痰が出たからだ、と私にはあとで言いました。
痰が絡んで、ティッシュに出したとき血が付いていたそうです。

白い影、肺に出来たガンは、お医者さんいわく大腸がんの転移らしいです?

大腸がんの方は、脳梗塞とは別な病院で何回かは検査をしました。
ポリープがまだ残っており、ただ良性だからこれが悪性になることはない、と聞いていました。

今回、何故に大腸ではなく肺にガンが見つかったのか。
それは当然ながら私達にも分かりません。

もしかしたら良性ポリープが、今年になって急激に悪性に変わってしまい肺に転移したのか、

確か、去年までの肺のレントゲンでは影は無かったはずです。

どちらにしても来週の25日に細胞を採って肺に出来たガンを調べてもらうことにしました。

夫は今、70歳です。

ガンの体質なのかも知れませんが、死ぬには早すぎます。
てか、私は諦めません。

夫はさすがに気落ちしていますが私は絶対に諦めません。

結婚して43年、あと7年で金婚式だね〜
と、先日話したばかりです。

二人して金婚式には市から招待されるから行こうね!と言ったら、バカ、そんなの行かねぇよと照れていました。

あと7年、生きていてほしいです。
二人して金婚式に出席したいです。

そして、何より本人は来年の五輪が見られるのか、と気にしています。

確か、大腸がんの時も私は出来てしまったものは仕方ない。
体に異物があるなら取ってもらおう、と励ましました。

今回はちょっと厳しいかも、ですが今の医学は進んでいますから、何か方法はあるはずです。

次回は、25日の結果を書きたいと思います。








行ってきました〜横浜〜
久しぶりのパシフィコ横浜国立大ホールです。
ジュリーが住んでいる街に行くんだ!と思うと心臓がドキドキしてきました(。>д<)
桜木町から会場を目指します。



開場前に、ジュリ友に会い近況報告し、さあ開場です。
席は今年のコンサートは何故か下手ばかりで、昨日も下手側の中程です。
でも通路の脇だったので、良かったです。
開演しました。

気になるお前♪
バニティー…♪

とっても元気です(^_^ゞ

最初のMC
夏休みが終わっての一発目、新鮮たぜ、バリバリだせ!
気持ちいい〜〜〜〜〜!!!
前回、ここでのライブは声がガスガスだったなぁ。(私、行ったっけ?いつだ?)

カズさんが、8月27日に67歳の誕生日を迎えました。
67歳でもバリバリだせ!
28日にお祝いしました。
当日は家族と祝いたいと思って、次の日に焼き肉を食べ寿司を食べ、お祝いしました。
カズさんをネタに食べたかっただけですけど(*_*;
ただの健啖家です(^_^ゞ

横浜にカジノが出来るんだって、依存症になるかも。
いや、僕はならない…



a.b.c…♪
勝手に…♪
この勝手にしやがれを歌うジュリーを見て、感慨深いものがありました。

それは、あぁ〜長い間、良く元気でいてくれたものだなぁ、
この曲が大ヒットしたのは
77年でしたか……。

もう、私はライブにはほとんど行かなくなっていたけど、毎日のようにテレビに出ていたし、年末に一等賞になったし。

あの年末の発表の日、大忙しのスーパーでの仕事を終え、家に着いたら発表に間に合わない、って事で近くのスナックに飛び込み、テレビ付けて!って頼み(笑)発表を見ることが出来ました。
まあ、そのまま祝い酒になりましたけど(^_^ゞ

なんか、そんな事を思い出しながら、5日は勝手にを聴いていました。

ストリッパー♪
探偵…♪
そっと…♪
お前は…♪
憂鬱…♪
…………………
震災関連の曲は座りました。

君をのせて♪
………………………

ネコちゃんタイムです。

横浜だからか、赤い靴♪のメロディーをニャー語でやってました。

誕生日♪
昨日の誕生日を迎えたかたは、たくさんいたみたいで、ジュリーからの提案で誕生日以外のかたは座ってください、と言われて座りました。
誕生日の方だけ立って、ジュリーにおめでとうと言われて、感激でしょうね!

実は、今年のコンサート、私の誕生日当日にもあるので行きたいと思ったのですが日帰りが無理な所なので諦めました、残念です(*_*;
泊まり掛けはなかなか難しいですね。


ハッピーバースデーの歌が始まり、あれ?
声がおかしい、うまく出ないみたいで、私達も飲めよ、歌えと歌うんですがジュリーの様子が気になって、上の空でした。

明らかに声がおかしい。
探偵♪や、そっとくちづけを♪で、熱唱していたし、マジかー(。>д<)

あー、うーとか発声してましたが、おかしい!を連発してました。

ちょっとまってね、と言ってうがいをしたり水を飲んだりしていたけど本人納得出来ないまま、T.O.K.l.O♪に突入です。

掠れたりガスガスだったりではなく、スカスカなのです。
おかしい、と本人も苦笑しながら焦ったことでしょうね。

ラスト、
さよならを待たせて♪
少し良くなってきました。
でも本来のあのビロードのような、ダイヤモンドを転がしたような声には戻りませんでした。

カズさんを讃え、ジジィーでしたぁーで終わりました。


今年のコンサートは関東があまり無くて、回数が減りましたが、ラストのフォーラムには行く予定です。

そして毎回のように、ジュリーを見つめていて思うのですが、ジュリーファンは幸せだなぁとしみじみ感じます。

何故この人なんだろう、何故他の人に行かなかったんだろう、なあーんて不謹慎にも考えてしまいました。

この人の、人を離さない魅力は何なんだ?
本人も言っていますが、もうジジーだし、ひげ面だし太ってるし〜💦

そんなのどうでもいいのです(-""-;)

他の方は分かりませんが、私はこの人を
兄であり弟であり、そして息子にもなる(^_^ゞ、と思ってる時があり
それでいて時には恋人であり、愛人にもなる。


おこがましいですが、家族のような、昔から一緒に育った家族の一員のような………。
本当にそう思えることがあるのです。
ジュリーが聞いたら怒るでしょうが(^_^ゞ

でも、だからこそ生きていてくれて、本当にありがとーです(*_*;


いつも思うのですが、どんなに歳をとっても絶対に変わらないものってありますよね。
この方の場合は、もちろん声ですが、その他にも
マイクの持ち方、左手で持ち人差し指を中指から離して持つ。
品がいいのです。
そして、右手の手のひらの開きかた(^_^;)
昔の怪我のために少し曲がったままの指、これがまた色っぽいのです。
私は何をみているのでしょ、そこか!(^_^ゞ

まだまだあります、脚を後ろに蹴って走る、その蹴りかたの綺麗さ!
昔から好きでした。

コンサートの楽しみかたは人それぞれですが、
歌を聴きながらそんなことをかんがえてしまうのです。
好きな人の、時には姉になったり妹になったり、そして母にもなる、それがファンになることかなぁ〜なんて思ちゃったりしている、
おバカな私です。

コンサートが終わって