寒くなりましたね〜
さすがに12月です。
そして、何かと気忙しいのは師走だからでしょうか。

さて、
先週Twitterでジュリーのお正月コンサートのチケットが今日あたり届くみたい、との呟きをみて、今日帰ったら届いていました。

今回は
初日が名古屋なので行けないから、フォーラムかラストのNHKホールか悩みましたが、仕事の都合でNHK一本に絞りました。

どうせ、二階の後ろでしょ
じゃなければ、良くても一階の後ろでしょ。





開けてみたら、なんとなんと神席!!!!!
すごいです、澤會さんありがとう!

どうしようです、恐いです。

神席は今までに三回ほどありました。
渋谷、川口、松戸。
いずれも、澤會さんでした。
NHKは初めてです。

神席は嬉しいのはもちろんですが、ジュリーが一番前をジロッと見るのですよね〜


私、松戸で見られた!って思ったら、思わず目線を外してしまいました。
下を向いてしまいました。
なんと勿体ないと思うでしょうが、無意識なんですよ〜
だってあなた
目線合わせられます?

川口では、やはりお正月コンサートで、お隣の方が着物でしたからジュリーが良く見てて、ついでみたいな感じで見られてしまい恥ずかしいの何のって。
こちとらお正月でも、ジーンズに半袖Tシャツでしたから(。>д<)

ジュリーと目が合っても、
ニコリと微笑むほどの余裕は全くありません!

あのジュリーですよ、この世の人とは思えない、どこかの星から来た絶世の王子様ですよ。

今は、じーさんでも私の王子様だった方ですよ。

私は一体どうしたらいいんでしょう(;´_ゝ`)
だれか教えて下さい、

女優になって、なれませんけど、ニコッと微笑むのがいいのか、無表情で見つめ返したほうがいいのか、
ほんと、小心者なんですよ、わたくし。

それと何を着ていきましょう(笑)
着物は、、、止しましょう
やっぱ、Tシャツ、ジーンズは野暮でしょうかね。
あぁ〜〜〜、洋服買わなくっちゃ(;_;)





ジュリーの今年のツアーも無事終わりましたね。
今年は結局三回しか行けませんでした。
初日のフォーラムとNHK、そして横浜。
ラストのフォーラムには行こうと思えば行けましたが、敢えて行きませんでした。

11月6日に、六本木でのタローライブでのゲスト出演で素のジュリーを間近で見られて、もう十分でした(笑)

ラストフォーラムでは、来年の新譜にファンの声のコーラス?が入るとかで練習をさせられたらしいですね。
参加したかったけと、ま、いいでしょう。

さて本題です。
今日は(13日)2ヶ月振りの夫の診察日でした。

まず、この2ヶ月の夫の様子はというと、

何も変わりないです(笑)

2ヶ月前に言われた余命一年と言う医師の見立ては、夫も私も胸の底にズシンとあって忘れたくても忘れられません。
でも二人ともそれは口には出さずに、毎日を普通に暮らしています。

私は週に2日から3日は仕事に行きますが、夫は毎日家に居ます。

私が家にいるときは、別な部屋で別な事をしています。

夫はタブレットでtubeを見たり、昔の古い映画を捜してはテレビにtubeを繋げて見ています。

私は、連続ドラマを録画して、休みにまとめて見ていたりします。
それぞれの部屋で別な事をして過ごしていますが、隣の部屋には夫がいる、
これだけで、幸せです。

それと、畑が無くなりやはり寂しいので、ビオラをたくさん買ってきて植えました。
ビオラは、冬に強い花です。

これから寒い庭でも、綺麗に咲いているビオラを見ていたら、少しは慰めになるでしょう。
夫も、私も。

そして、変わったことと言えば食べ物を少し変えてみました。

抗がん剤治療や、放射線治療を拒否して医学的には何もしていないわけです。

でも、がんに効く食べ物と言われたら、やはり試してみようと思うわけです。
藁にもすがりたいのが本音ですから。

例えばひらたけ。、と言うキノコの種類。
免疫力を高めるとか。
お鍋に入れたり、バター炒めにしたりと非常に美味しいですが、圧巻は天ぷらでした。
ひらたけは安いので、年金生活者には助かります。

それから、長芋。
長芋は八百屋さんにはピンからキリまであって、どれがいいのか分かりません。
なので、値段的に真ん中を選んでみました。

料理法は、すりおろしてご飯にかけたり、輪切りにして素あげしたりしていただきます。
これは通常、どこの家庭でもやっている食べ方だと思いますね。

本当は、輪切りにしたものを天日干しにして、それを蒸し器で蒸すのが一番栄養素が良いらしいです。
が、これが結構大変でして面倒なので、そのまま上記のやり方で食べています。
気は持ちようですから(笑)

最後は玄米。
これは食べ過ぎると欠点としては便秘になるので毎日は食べられません。
3日に一回位の割りで玄米100%を食べるようにしました。
朝のみで、夜はやはり白米です。

最後に、ニンジンジュース?
でも、このニンジンの量が半端ない量です。
毎日、2㍑のペットボトルほどを飲むらしいですが、毎日毎日ニンジンを買っていたら、我が家はニンジンで破産します。
冗談ですが、ちと無理で、飲みたいときだけジューサーで作って飲む。
まぁ、無理はしないと言うことです。



こうして2ヶ月が経ち、診察日を迎えました。
レントゲンを先に撮り、主治医の先生に呼ばれました。
まず、肺に転移した癌は大きさは変わらないこと。
少し濃くなっているが、進行は遅いこと。

前回は、来年のオリンピックの開会式が見られるかどうか、と言われましたが、この調子なら閉会式まで大丈夫でしょう、と言われました。

(夫)先生、もう少し何とかなんねぇの?
(先生)抗がん剤、やる?
(夫)やんねぇよ。

こんな会話が交わされ、私は
いいんだ、この人が決めたことなんだ。
例え、抗がん剤をやっても、2、3年延びるだけなら好きなことして、この人が痛い思いや、苦しい思いをしないほうかいい。

このまま、癌と共存して生きていこう。
病院を後にして、二人でランチしました。
回転寿司ですが(笑)

二人のデートは楽しいです。















10月24日、かかりつけ医院に行きました。

手術はやはり出来ない。
手術が出来るのは、ステージⅢの真ん中までで
後半からステージⅣは、
やはり抗がん剤か、放射線治療になる。

例えば、癌センターに行った場合も、同じように言われると思います。
と、言うのがかかりつけ医で、大学病院から週一来ている医師の意見でした。

紹介した病院の医師を信頼して、抗がん剤治療をするのがベストじゃないかと思います、との事でした。

なぜ手術が出来ないのか、それは両肺に腫瘍があり、右の肺の腫瘍は下部にあり例えば手術をして切除する場合、肺の3分の1を切らないといけない。
そうすると、左肺に負担がかかるし左肺にも腫瘍があるので、体力的に無理でしょう、との事でした。

もうひとつの理由として、転移性肺腫瘍の手術が出来ると判断して臨んでも、手術中に腫瘍が飛び火する場合がある。
これが一番怖い。

また、今は腫瘍がおとなしくしているが、手術をすると癌細胞が活性化してしまう。
腫瘍=がんはあまりいじらない方が良い。
との見解でした。


夫はもう、ショックのあまり口が聞けなくなりました。
私も唯一手術が出来ればまだ希望がある、と思っていましたから、もう手立ては無いのか、と本当に残念です。

家に着いても医師の言葉が頭に残り、二人で座り込んでしまいました。


夫が外を見ています。
家の玄関は、ガラス張りで外が良く見えます。
その玄関の土間にテーブルと椅子があり、夫はいつもその椅子に座って外を見るのが好きです。
外にはただの田んぼが広がっているだけですが。
その向こう側には、小学校があります。
毎朝、子供が通学してくるのを、夫は何故かこう表現していました。
大名行列(^_^ゞ

今日も元気に家の前を大名行列が通っていきました。
夫は目を細めて、見守っていました。
私はもしも、夫がいなくなったら、この光景を思い出しては辛くなると思います。

椅子に座った夫は、癌を告知されてからは何だか歳をとったように感じています。
背中が丸くなり、ただ外を見ています。
かける言葉もなく、私はただ見守るしかありません。

庭には、家庭菜園が出来る小さい畑があります。
今年の春に植えた、野菜の残骸がまだあります。
今年もたくさんのキュウリやピーマン、ナスやししとう、唐辛子などが育ちました。
夫が毎日、水をやり肥料をやって、美味しく頂きました。

例年ならとっくに畑を綺麗にして、野菜の変わりに花を植えたりしていました。
花は食えねぇぞ、なんて言いながらも、私が居ないときはせっせと水やりをしてくれました。

今は、何も手につかないんでしょう。
今日も、畑をちょっと綺麗にしようか、と聞いてみましたが、ウン、と返事だけで動きませんでした。
来年の春にまた畑を耕すんでしょ?
出来るかなぁ〜
なんて会話が悲しいです。

夫は、私の両親が亡くなってからは庭の草取りや、伸びた枝なと不器用ながらもしてくれました。
夫は何も言いませんが、私達が一緒になるときに私の両親に反対され、式も挙げず、披露宴もしませんでした。

その事は私はまったく後悔はないのですが、
その事を、私に申し訳ないと思ったのかどうかは分かりませんが、親に認めて貰うには俺たちが幸せになることだ!と思っていたようです。

子供が出来て、面倒見てやるから三人で帰ってこい、と言われたとき、初めて親に認めて貰えたと喜んでいました。

夫は昔から優しいひとでした。
話し方が優しいのです。
時としてそれは、のんびりと受け取りかねないのですが、私がカッカしても、夫のソフトな話し方でクールダウン出来るのです。

私は夫と一緒になって、一度たりとも不幸せと感じたことはありません。

あの日、初めて会ったときから私の一目惚れの恋が始まり、彼の気持ちを聞いたときの驚き、ずっと片思いだと思っていたから、嬉しかった。
一緒になりたい、一生この人と暮らしたい
と思った気持ち、40年以上過ぎた今もひとつも変わっていません。

…………………………………………………
人生は山もあれば谷もある。
いつも良いときばかりじゃない。
どん底に落ちても、二人で力を合わせて這い上がる。
その繰り返しが人生だ。
…………………………………………………
これは、夫の父親から言われた言葉です。

私はこの義父の言葉が強く心に残り、どんな時も信じて付いてきました。


二人で力を合わせて這い上がる…。
今、まさに二人で頑張るときだと思っています。

しかし、夫は抗がん剤も放射線治療もやらないと今も考えているようです。
副作用の問題だけではない、と思っているようです。

この問題は、私もネットで賛否両論あるので、やはりそうなのか、と感じています。

病院と製薬会社だけが得をして、それを使用する患者は差はあれど、副作用に苦しむ。

例え、厚生省の認可がおりていて、保険適用でも合わない場合は大変な苦しみになると聞いています。

最悪、延命のためなのに、逆に縮めることにもなると聞いています。

実際はどうなのかは分かりませんが、一貫として苦しむ治療ならしなくても良い、との考えが夫にはあります。

そして、私も今はその考えを尊重したいと思うようになりました。


医師が宣告した余命一年なんて
跳ね返してやりたいと思います。

何の治療もしなくても、ゆっくりのんびり暮らして、ストレスを貯めずに明るく笑って過ごしていれば、必ずや、一年以上生きていられる。

実際、そういう人はたくさんいます。
癌と共存です。

7年先の、金婚式を目指して二人で生きていこうと決めました。