1.30TH ANNIVERSARY CLUB SODA

2.時の過ぎゆくままに

 MC

3.君をのせて

4.追憶

5.海へ向けて

6.あの日は雨

7.コバルトの季節の中で

8.根腐れPOLITICIAN

9.三年想いよ

10.雨だれの挽歌

11.TOKIO

12.渚のラブレター

13.明日は晴れる

14.ISONOMIA

15.届かない花々

16.いくつかの場面

 アンコールMC

17・ヤマトより愛をこめて

18・ハートの青さなら空にさえ負けない


もう夫は車の運転は出来ない。
息子が今はコロナのせいでテレワークなので、この日は息子に運転を頼み病院に行った。
私は、ペーパードライバーで免許を取ってからも一度も運転をしたことがない。
もっぱら50ccの原付で仕事や買い物をしている。

結婚して45年、いつも夫が運転をしてくれた。
雨の日の私の送り迎えや、大きな買い物などすべて夫がしてくれた。
私は自分で運転する必要性がなかったのである。
あ〜ぁ、運転していれば良かったなー。

この日、嬉しいことがあった。
入院のきっかけになった炎症の数値が下がっていたのである。
あんなに痛がっていて長期入院も覚悟したのに本当に数値が下がって良かった!
肺にある癌は相変わらず居座って消えてくれるはずはないが、大きくもならないでいるため、主治医に顔色もいいし、○○さん、まだまだ大丈夫ですよ!と言われた。

主治医は決してマイナスな事は言わなくなった。
前は、あと一年ですとか、癌がかなり大きいので痛みや熱、これからは覚悟して下さい、と言われた。

しかし、ここ1、2ヶ月は決して言わなくなった。夫が
先生よー、俺、あとどのくらいだ?
と聞いても、笑いながら
○○さん、元気なんだもん、私にも分かんないよ〜
と最近は答える。

そして夫は、あの入院していた10日間のことを話し出した。

先生、俺あまり良く覚えてないんだけど、入院して2、3日した頃に何か口走ったような気がするし、誰彼構わずに文句を言っていたような気がするんだけど、先生にも食って掛かったかな?

主治医は、
私には大丈夫だったけど、病棟の先生に文句を言っていたかな?
でもそれは、薬のせいだから皆分かっているから大丈夫だよ。
食って掛かられても、薬のせいだからと皆には話しておいたからね。

あ〜、なんと良い主治医なんだ!
私も夫も、この主治医を少し誤解していたかもしれない。
一年半も通院していて、治療の事はあまり話してくれず、少し不信感を持っていた私達は最近は転院も考えていたのに。
抗がん剤を拒否した私達は、見捨てられているのかな、と疑心暗鬼になったりしたのに。


そして診察は終わり、私は少しぐずぐずして夫を先に診察室より出した。

私には主治医に聞きたいことがあったのだ。

先生、夫は退院した直後、少し変わりました。
私に攻撃的になり、文句を言います。
薬の管理も自分でやりたがり、私に触らせません。
食事もあまり入らないようで、私が無理して食べるように言うと、うるさい!と怒ります。
今はだいぶ良くなりましたが、退院して一週間くらいは私は夫のことを腫れ物に触るくらいに神経質になっていました。
やっぱり、薬のせいだったのでしょうか?

主治医の先生は
ご主人は今回の入院で、かなり死を意識したんだと思います。
覚悟は出来ていても、今自分があまり長くない、死んでいくんだ、と考えたと思います。
入院中もそういう苛立ちを見せていました。
病院側は分かっていますからいいですが、奥さんは苛立ちをぶつけられて大変だと思います。
でも奥さんだからこそ、ご主人は苛立ちをぶつけるのです。
もうすぐ死ぬんだ!と考えているご主人を支えてあげてください。

そうだったのか、私は何も分からなかった。
いらいらを私にぶつけ、わがままを言う夫が入院前とは人が変わったようになってしまったのを、ただただ戸惑い悲しかった。

一週間位で元に戻ってくれたが、時々いらいらしている様子が今でも見受けるのだ。

今年は庭にガーデニングもやらないと言う。
毎年、キュウリやトマトなどを楽しみに作っていたが今年は出来ないと言った。

草取りもしなくなった。
もう少し気持ちが落ち着くまで何もしないでいいと思う。

夫を支えること
……私に出来るだろうか?

見た目は元気でも、やっぱりいなくなるんだ。
私は夫がいなくなったらどうしよう、とずっと思っていた。

死に行く夫の立場になって考えていなかった。
自分のことばかり考えていた。
苛立ちをぶつけられて、こちらも苛立ってしまっていた。

違うんだ、夫はもっともっと苦しいんだ。
辛いんだ。
悲しいんだ。
私が支えなくちゃ誰がこの人を支えるんだ。
私しかいないじゃないか。
私にぶつけてもいい。
苛立ってもいい。
私で良ければ、どんどん当たってもいい。

決して出来た女房じゃなかった。
跳ねっ返りの、出来損ないの女房だった。

喧嘩するほど仲が良い、と言うけど私達は常に口喧嘩をしていた。
口喧嘩をしてもお互い許し合えると思っていたし、事実許しあってきた。

私は夫に甘えていたのだ。
何でも言い合えて、後腐れがない。
私は本当に夫に甘えていたのだ。

これからは、表向きは今まで通り口喧嘩しながらも夫を受け止めてあげようと思う。
私に感情をぶつけてきたら、きたか!と苦笑いして、はいはいと聞いてあげよう。
返事は一つでいい!と怒られながら。

夫の近況
2月までは普通に生活が出来ていた。
2月の月一の診察日を待たずに、痛みを訴えたため急遽病院に行った。
背中が痛いとのことで、痛み止めを処方された。
飲んですぐに痛みは消えたため、また普通の生活が戻った。
3月も診察日には変わらずで、安心した。
そして、先月
4月16日が診察日だった。
いつものようにレントゲン、血液検査、
痛みなし。
家に帰り、お昼はお蕎麦をゆでて二人で食べた。
まもなく痛みを訴えた。痛み止めを飲んだが効かない。

うーうー唸っていて、病院に行こうと言っても聞かない。
かなり痛がっているが病院に行ったら即、入院と分かっているのだろう。
一晩中痛がって、私もただ事じゃないと救急車を呼んだ。
もちろん、即入院。
肺に転移した癌が、肋骨から胸壁にあたって痛くなったみたいだ。
通常の痛み止めではダメで麻薬系の薬になった!
とうとう麻薬系の薬になってしまった。

入院して3日程で痛みはなくなったらしい。
今、病院は面会はもちろん付き添いも出来ない。
もちろん、コロナのせいで……。
だから朝のモーニングコールと夜のお休みコールをして得た情報である。
本人も呼吸器の病気のため人一倍神経質になっている。
人一倍どころか、人10倍位の神経質になっていることが、看護士さんからの電話でしることになった。
麻薬系の薬のせいなのか分からないが、せんもうの症状が出始めたらしい。
せんもうとは、せん妄のこと。

70歳過ぎの高齢者。
過去に脳梗塞になった。
環境が変わった。(入院)
癌のため麻薬系の薬を飲み始めた。
全部当てはまる。
妄想や、幻覚、攻撃的になる。
顔付きが険しくなる。

ある日、看護師さんから私あてに電話があった。
ご主人がせん妄の症状が出てますので同意書に私のサインが欲しいと。
えっ!
どういうことですか?
さっき、ご主人が、今日はお祭りだから行かなくちゃ、と言っているんです。
勝手にベッドを抜け出してしまう恐れがあります。
だから、ベッドを出たときに鳴るブザーを付けたいのでサインが必要になります。
とのことでした!
わかりました、すぐに行きます。
急いで病院に向かった。
もちろん夫には会えない、すぐそこの病室にいるのに顔を見ることも出来ない。
病棟の看護師さんを呼んでもらい同意書にサインした。
そして、予定では当分入院のはずが本人の強い希望で10日程で退院した。
もちろん、痛みがなくなったので退院出来るはずだと言い張ったのだ。
そして、もうひとつの理由は、せん妄による妄想であった。
夫は、と言うより呼吸器に疾患がある人はコロナには敏感だが、夫はこう妄想した。
この奥にあるICUには、コロナ患者がうようよいる。
さっき、俺の前をその患者が通った。
怖くてここには居られない。
退院する。
妄想も甚だしいけど本人は至って本気なのだ。
電話で私に訴えたので、ただ事じゃないと思い主治医に電話した。
主治医は、ご主人がせん妄のせいで、ありもしないことを言っていますが、痛みはなくなったので、ひとまず家に戻ってみますか?
家に帰ればだんだんと正常になりますし…。
痛みがぶり返したら即救急車で戻る、との条件付きで退院の許可が出た。
退院のために支払いや、荷物を受け取りに病院に行くと、夫からの電話があった。
五階のホールには来るな!
コロナ患者がいるから!
私は入院している五階のホールで病室の看護師さんと会う予定でいた。
分かったよ、と言って夫には分からないように五階に行き支払い証明書を看護師さんに渡して急いで一階に降りた。
薬の説明を薬剤師さんから受けていると、夫が看護師さんに連れられて来た。
その顔を見た途端私はハッとした。
顔付きが変わっている。
目は窪み、頬は凹み完全に顔が変わってしまった。
痩せてしまったせいだろう。
息子の車で家に帰った。
帰ってまもなくして薬が足りないと言い出した。
私も一緒に数えて、間違いなく合っているのに足りないと言いはった。
誰かが盗んだ。
また妄想か?
落ち着かなくうろうろしているし、薬がない、ないと騒ぎ立てた。
仕方ないから病院に電話して事情を話してみたら、あとで足りない分は出しますからと伝えて下さい。
落ち着いたらきっと妄想だから忘れているはずだから、と言われた。
夫にあとで取りに行くから、と言ったらやっと納得した。
この薬の件はこのあと二、三日また続くのである。
そして今日現在、5月5日
妄想はすっかり収まった。
顔付きも元に戻った。
相変わらず痩せてしまって、あまり食べなくなってしまったが普通のあの優しい夫に戻ってくれた。
つくづく病気は怖いと思った。
そして、麻薬系の薬の怖さ。
せん妄の怖さ。
幻覚、妄想の空恐ろしさ。
7日に検診がある。
何と言われるか、それも…怖い。