今日は10月8日   寒い

去年の今日は天気は快晴で暖かかった。


夫の体調は良いとは言えなかったが、まだまだ元気で暮らしていた頃だ。

食欲もあり、牛ステーキを良くリクエストされた。

肉を食って体力つけなきゃな!って言っていた。


そろそろ10月だから、鍋物もいいね、なんて話しもしていた。


食欲はあったが、8月頃から肛門の上が痛いとは言っていた。


亡くなったあとで分かったことだが、夫のスマホのメモには腰が痛い!ケツ(!)が痛い!と何度も記入されていた。

そんなに痛かったなんて…

もっと早く主治医に訴えるべきだった。

私は本当にダメな女房だ。


脊柱管狭窄症のせいだからと夫も私も思っていたので、その痛みは治らないとあきらめていた。


仙骨への転移だともっと早くに分かっていたら、あんなに苦しまなかったのだろうか?

これは私の一生残る後悔だ。



去年の今日、月一の診察日、金曜日だった。

いつものように診察室で、肺のガンは変わらずだがケツ(!)が痛いと訴えたのにもかかわらず、脊柱管狭窄症は治らないんだよね〜の一言で終わってしまった。


どうしてケツの上が痛いんだろうと夫は思っていたが、主治医はまるっきり脊柱管狭窄症の症状だから仕方ない、と言わんばかりだ。


夫がそれ以上聞かなかったので、私も黙ってしまった。


あの日がすべての間違いだったのか。

あの日、もっと私が主治医に食い下がっていれば主治医も

じゃあ、詳しく調べましょう、となったのかも知れない。

やっぱり、私が悪いのかもしれない。

私があの人の命を縮めたのかもしれない。

この悔いはずっと私を苦しめている。




診察が終わり、

その後、息子の迎えを待つため病院の出口で

ベンチに座った。


二人で空を見上げたら真っ青な秋の空だった。

コバルト色ってこんな色なのかな。

風もなく暖かい日だった。


大きな池があり、その回りに

花壇があり、四季折々に花が植えられていた。

もう二年も通院しているから、季節ごとに花が変わるのは知っていたが花壇のベンチに座ったのは初めてだった。

その時は、ケイトウが植えてあった。


夫がその花を見ているうちに、写真撮るか?と珍しく言った。

花をバックに夫を何枚か撮った。

写真嫌いの夫にしては珍しかった。

ベンチに座り、右手をだらーんと下げ首を少し傾けた夫。

左手にメガネとマスクを持っていた。


シャイでカメラを向けると必ず横を向いたり、レンズを見ない夫が、この日は撮っている私を真面目に見つめていた。


こんな優しい顔の夫を久しぶりに見た。

撮ってやるよ!って言われたけど、スッピンだからヤダ!と撮らせなかった。


私のスマホを見つめる夫は、オレを良く覚えておけよ!最後だぞ。

そんな風な顔をしていた。

あとから見返した夫の写真は、柔和な何か言いたげな優しい顔に映っていた。


もしかしたら、この写真の中から遺影を選べよ!と言いたかったのかもしれない。


実際は遺影は別な写真にしてしまったが、

この時の写真は私だけのもの。

だれにも見せたくない。


この三ヶ月後に亡くなってしまうなんて夢にも思っていなかったが、夫はすでに覚悟が出来ていたのかもしれない。


そして、迎えに来た息子と買い物に行った。

息子はこの後も夫と二人で買い物に行っているが、私と夫は最後になった。


ショッピングセンターで、靴屋が閉店のためオール20%引きをしていた。

夫はスニーカーを一足買った。

あと一ヶ月で歩けなくなることも知らずに。

このスニーカーは、2、3回しか履かなかった。

履けなかった……。


スーパーで食材を買い、その夜はリクエストのポテトコロッケを作った。

あの日から一年が経った。


10月が終わったら、いよいよ辛い11月が来る。

そして最後の入院となったあの日が来る。



〜〜〜〜

しあわせの手ざわりが〜

今とても懐かしく〜足早にすぎて行く

この秋の中で

あなたを〜見失い〜たくないのです…


                                                 by   julie

2022年10月1日土曜日

沢田研二コンサート、結城市民文化センターアクロス。

チケットを購入していたが、何故か気が変わり手放してしまった。

でも11月の京都までは長いなぁ〜と思い

会館に連絡したらチケットがまだあったため、急遽取り寄せた。

最初の席順よりは後方になったが仕方ない。


秋晴れの真っ青な空の下、電車に揺られて久しぶりに旅行気分を味わった。

車窓には田園風景が広がり、気分まで清々しかった。


結城は

昔から結城紬が有名だ。

あとはお寺が結構たくさんあるようだが、膝に悪いと思い観光はやめた。


駅に降り立ち、さて開場までお茶でも…


何もない(苦笑)

カフェもファミレスも、ない。

少し歩くとあるみたいだが何しろ膝に爆弾を抱えている私としてはとにかく歩きたくない。

それじゃなくても会館まではかなり歩く。

仕方ないからコンビニでお茶した。


ライブは7月の初日以来二回目。

mcでも言っていたけど、バンドスタッフに感染者が出たため三回の公演が延期になった。

はじめに日程を組むとき、そういうこともあり得るだろうと予備の日を押さえていたらしい。

だから日程があまり詰め込んでいないのかな。

でも11月はかなりハードになってしまった。


久しぶりのジュリーは、髪の毛が伸びていた。

真っ白なところと、まだ黒いところも残っているがウェーブをかけたら、タイガースの後期くらいかな。

ふわふわでサラサラだった。

ふわっふわっと揺れていた。


一曲目から心臓が高鳴った。

ヤバい!ドキドキが止まらない。

初日よりヤバい!(笑)


最初は声が掠れていたようだか、歌うに連れて甘くしっとりしてくるのがジュリーだ。


二曲目、私はやっぱりこの曲が大好きだ。

曲もそうだけど、ジュリーの振りに釘付けになってしまう。

この曲は古くはなく、97年頃だが私は離れていた時期だ。

復活して大好きになった。


それと、何の曲か忘れたけど、左手でマイクを持ち右手でリズムを取りながら振りをする曲で、

ちょっとひろし五木に似ているけど、あれは本当に若い頃のジュリーそのままだ。


中抜けはあったけど、50年以上も見続けてきて、あの頃のジュリーに会いたいためにライブに通っているのかな、とふと思った。

自分がこの歳になって、子供の時に初めて好きになった歌手を今でも変わりなく好きでいられるなんて思ってもいなかった。


生きていく上でいろいろな事を経験し、悲しいことや辛いこと、たくさんあったけど必ず毎年毎年ジュリーに会いに行くと、そんな悩みは小さいことなんだな、と思い知らされる!


あの一生懸命にステージで歌う姿。

お客様を楽しませようと頑張っている姿。

何も口にはしないのがジュリーだけど、ありのままの自分を見て感じて、また頑張れ!と言われたような気がする人は多いと思う。


この人と同じ時代に生まれて本当に良かった!

特に今の私にはこの人のステージが必要なんだなって強く思ってしまう。


感想ばかり書いてしまったけど、帰りの電車の中でそんなことを考えていた。


mcの中で、コロナが長引くなか

やらなしゃーないやろ!

こうして来てくれる皆さんが、不自由な思いして声も出せない、立てない。

自分の場合は、こうして振りをするのがね、出来ない。

座ったまま。




そうなんだよね〜

あの、愛まで待てない♪なんて辛いのなんのって(笑)

大盛り上がりの曲で頭上手拍子半端ない。

立って思い切り振りをして、ジュリー〜〜〜っ!と叫べる日が早くきますように。

とにもかくにも、まだまだ一生懸命生きよう!と思った秋の一日だった。
















昨日で夫が亡くなってから8ヶ月経った。

8ヶ月………240日以上も会っていないなんて…

月命日と、お彼岸が重なったせいか気分が落ち込んでいた。

毎日毎日、とにかく毎日夫の事ばかり考えていた。

朝起きた時から寝るまで…


この喪失感は何ヵ月経とうが、何年経とうが無くなりはしないだろう。



ゆうべ、テレビで寅さんを見た。

この映画は夫と最後に映画館に観に行った作品だ。


2019年12月27日封切り日に二人でイオンシネマに行った。


すでに病気が発覚して、気分は落ち込んでいたが二人とも寅さんが大好きだったため気分転換には良いと思った。

笑って免疫力アップするつもりが、泣いてしまった。


寅さんは観ていない人にはたぶん何の事かさっぱり分からないだろうが、私達は初めから全部観ている。

寅さんがどういう人か、毎回観ているから分かっているつもりだ。


寅さんの言葉で一番好きなのがある。

昔の放映の中で

甥の満男が


ねぇ、伯父さん、人間って何のために生きてるのかなぁ〜

なあ、満男、何べんか生まれてきて良かったなあって思う時があるじゃない。

そのために人間生きているんじゃないのか!

この二人のセリフが好きだ。

夫も同じ事を言っていた。


私達夫婦は、映画の趣味が同じだった。

なかでも、山田監督作品はほとんど観ていた。

洋画はdvdを借りてきたが邦画は映画館に二人で観に行った。

帰りに車の中で感想を言い合うのが好きだった。


楽しかったなぁ〜

幸せだったなあ〜


想い出がたくさんあるから寂しくはない。


決して忘れることはない二人だけの想い出。