死の川を越えて 第226回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

死の川を越えて 第226回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

水野の語り口は次第に講談調になった。水野は手にした書物の背でテーブルをドンとたたいた。

「えへん、そもそも本妙寺は日蓮宗の寺でありましてー。初代熊本藩主加藤清正公をまつる寺なのでありますー。この寺の周辺になぜに、ハンセンの患者が集まるよういなったのかー。親の因果が子に報いーと申しますー。この病、よいかな、前世で法華経を冒涜した罪が原因であるそうな。だから、この世で日蓮宗を信仰すれば許されるという訳であるー。溺れる者は藁をも掴む。この迷信を信じた人々が集まり住むようになりましたー」

 水野はいかにも愉快そうにドンドンとテーブルを打った。

 パチパチパチ、正助は手をたたいた。法学士水野は一層得意そうである。しかし、この時水野は真面目な口調に戻った。

「恐らく熊本藩では、このような歴史的背景もあって、他県と比べハンセン病の取り締まりもゆるやかであったと思われる。ハンセンの人たちも少し自分本位の特権意識をもっていたのかも知れん。私の感想ですがな、これは。一種の無法地帯の感があった。同じハンセンの集落でも湯の川は、自治会をつくり税金まで納め、町が認めている存在です。まさにハンセンの光、喜びの谷ですな。熊本の方は、これからは無法地帯ではいられないと思う。私は成り行きを大いに心配しとります。湯の川の重要な点は、自治の形の村で平和な存在だということです。国や県から無法地帯と見られることはありません。本妙寺集落と比べ、私たちは大きな誇りを持つべきです。これが湯の川と本妙寺の関係です。湯の川は質の高い大学なのです。本妙寺はこの違いをわれわれに教えている。これがこの地と本妙寺の関係です。酒の勢いで力が入ってしまいました」

 水野はしきりに汗を拭いている。

「先生、いろいろ大切なことを教えてもらいました。俺には難しいことばかりですが、今一番大切なことは何ですか。もし、俺が本当に九州帝大の学生なら、先生は俺に今何を話すか教えてください」

「そうです。大変重要なことがあります。私のゼミの学生に話さねばならぬことがあります。飲んでいるが、君、酒の席での話と思ってくれては困りますぞ。まあ、そういう気持ちを確かにして。はい最後の一献」

「恐れ入ります。俺からも一献です」

 水野はぐっと飲み干して座り直した。正助もそれを見て姿勢を正した。

つづく