死の川を越えて 第41回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

死の川を越えて 第41回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 小河原は去っていくさやたちを研究室の窓越しに見ながら、ああいう人たちまで隔離するというのは絶対に間違っていると思った。研究室の同僚が小河原に言った。

「上州の草津の人たちですか。あそこは研究の宝庫だね」

「そうです。僕は草津の人に会ってここの方針が正しいことを確信したよ。感染力は弱い。学界と国は隔離すればいいと思っている。僕はこれは間違っていると思う。君はどう思うね」

「基本的には、小河原君と同じだよ。日本の主流は一生隔離というんだから、ひどい。人道に反する。実際、治る人もいるのだから、よくなったら解放すべきだと思う」

「僕は、草津のあの女の人たちの輝く表情を見て思ったんだ。仮にあの人たちを隔離したら、あの表情は消える。ということは何を意味すると思う。心の力が失われるということじゃないか。免疫力が下がってしまうと思う。あの人たちが言っていた。湯の川というハンセン病患者の集落は、患者たちが助け合って村を運営しているというんだ。僕はこういう助け合いの力が免疫力を生み出しているとさえ言えるんじゃないかと思うんだ。医は仁と教えられた。隔離は仁に反することだと思う。今日、あの人たちに会って、改めてこのことを確信したよ」

 小河原は、にっこりと笑って言った。

 京都帝国大学の構内を出たさやたちの足取りは軽かった。前途に光明を見いだした思いであった。

「こんなうれしいことはないわ。ご隠居様も大喜びよ」

 こずえが自分のことのように喜ぶ姿が、さやには光を放つように見えた。

 帰りの車中で、2人の話は万場軍兵衛のことに及んだ。

「万場老人は不思議な方ですね。病気のことを聞いてはいけないのでしょうけど。心の支えです。とても感謝しているわ」

 

つづく