死の川を越えて 第11回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

死の川を越えて 第11回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 その頃、湯の川地区では、真宗の説教所をつくる話が進んでいた。人々がまっとうな生活をするように導くといううわさであった。仁助はこの動きに反対であった。

〈坊さんどもに何ができる。地獄の釜の中で生きる俺たちにとって、ばくちは苦しみを忘れるせめてもの慰めだ〉

 彼はいつもこう思っていた。「浄化だと、ふん、笑わせるねえ。手前らのナンマイダで、湯川の水が変わるもんか。俺たちには神も仏もねえんだ。説教所をつくって、訳の分からねえお題目を唱えるぐれえなら、俺たちのために金をつくる算段でもやれ」

 仁助はたんかを切って、回ってきた奉加帳を破り捨ててしまった。説教所設立を目指す人々は、仁助の存在が運動の妨げとなっていることを憂慮し、仁助の暴挙を器物破壊罪で告訴した。

 そして仁助は地元の警察に留置されてしまった。留置されている仁助の下に子分がとんでもない情報をもたらした。

 仁助にはお貞という愛人がいた。子分の知らせによれば、お貞が最近、都会からやってきた金持ちの患者と浴客といい仲になっているというのだ。

 仁助は閉ざされた空間で妄想の虜になった。お貞の白い肌と嬌声が大蛇のように彼を襲った。妄想は膨らんで、別の黒い大蛇が登場し、二匹は絡み合って一つになり仁助に迫った。

「ちきしょう、許さねえ。出たらたたき切ってやる」

 そう言って、仁助は壁に頭を打ち付けて叫んだ。

つづく