死の川を越えて 第10回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「娘さんを助けに来た。俺を信じて任せてくれ。事は急ぐ。身一つでいい。安全に暮らせる場所に連れていく」
「お、お前様はどちら様で、娘を一体どこへ」
「安全に暮らせる所としか言えねえ。詳しいことを知らねえのがお前さんのためだ。父っつあん、俺の目を見ろ。命がけで来た」
しばらくやりとりがあった。その時である。襖が開いて、一人の小娘が進み出て両手を突いた。
「お父っつあん、陰で聞いていました。巡査に調べられたら、あたしは死のうと思っていました。このおじさんを信じます。救いの神様です。どうか、その安全な所へ連れて行ってください」
「おお、よく言った。着たままでいい、死んだ気になれば怖いものはねえ。いいか父っつあん、騒ぎになるだろうが、お前は何もしらねえんだぜ。そこに巡査が倒れている。誰かが押し入って娘を無理やり連れて行ったことにしねえ。巡査はどこかの女衒と思うだろう」
母親も娘の側に座り、ぼうぜんとして事の成り行きを見ていた。
「お父っつあん、おっ母さん、私は行きます」
「おさや」
母と子は抱き合っている。
「落ち着いたら連絡をする。女衒でねえことは信じてくれ。今は、六蔵さんに頼まれた者だとだけ言っておく。ではな」
仁助は近くにつないでいた馬を引き出してきた。日はとっぷりと暮れていた。仁助と娘を乗せた馬が闇の中に消えていく。ひづめの音が小さくなっていった。
湯の川地区では享楽の中で改善の動きが起き、宗教が登場する。博徒と宗教の結び付きは湯の川地区であればこその展開を示した。
つづく