死の川を越えて 第8回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

死の川を越えて 第8回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 親分大川仁助は激情の人であり、無学であったが才覚があった。自ら湯の川地区で明星屋という宿屋を営み、その規模は湯の川の宿屋で一、二を争う程であった。

 しかし、彼の性分は周囲に波紋を及ぼし、とかくトラブルを起こした。特に、宿屋組合が湯の川地区で中心的な役割を目指すとなると、彼の存在は組合にとっても邪魔であった。仁助は宿屋の経営を表向き養子に任せていたが、このような環境の変化はこの男をますます放逸に向かわせた。

 仁助は、神も仏もあるものかと日頃からうそぶいていた。しかし、ハンセン病に対する差別には激しく抵抗し、時にはあいくちを抜いて渡り合うこともあった。

 彼の心の底には、どす黒い狂気とともに男気と正義感が混じり合って存在していた。彼は、死を恐れぬ男として他の町のやくざも一目置く存在だった。

 ある時、福島県の山村のある農家にハンセン病が発生した。あどけない少女の雪のような白い肌に赤い斑点ができた。村の医者がハンセン病だと言ったということで大騒ぎになった。

 世の人のつながりは不思議なもの。この少女と湯の川地区が結びついていくのだ。明星屋に福島県出身の客がいた。ある時、この客が仁助に妙なことを言った。

「親分、私の縁者に当たる娘がハンセン病にかかった。かわいそうでなりません。まだ小娘だ。近いうちに、巡査が先頭に立ってやってきて、家じゅう調べるといううわさです。ひでえことになりますよ。一家は村に居られなくなる。娘は首をつるか、井戸に飛び込むよりほかありません。何とかならねえものでしょうか」

 仁助は黙って聞いていたが、やがてきっぱりと言った。

「この明星屋の客は、家族と同じだ。特にお前さんは兄弟と同じ。お前の頼みとあっちゃ黙っていられねえ。何とかするから任せてくんねえか」

 仁助の中に眠っていたおとこ気と正義感が頭をもたげたのだ。

 

つづく