死の川を越えて 第4回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
万場老人はいろりにくべる枝を折った。パチンという音が強い怒りを表すように正助の胸に響いた。
「いよいよ湯の川地区への移転が決まった時、患者たちは生い茂るクマザサを刈り、荒地を切り開いて新しい村づくりに取り組んだのじゃ。大海に乗り出すような不安とともに、自分たちの別天地をつくるという夢があったに違いない」
万場軍兵衛はしばらく話した後で言葉を切って言った。
「正助とやら、今晩はこの位にしよう。こずえが話をしたいようじゃ。次は仲間を連れて来るがよい。その時本論に入ろう」
正助は丁寧にお辞儀をし、こずえに会釈をして去って行った。
次の機会は間もなくやってきた。湯川の縁に茂るササの葉には早くも白い雪が積もっていた。
正助は2人の仲間を伴っていた。
「よく来たな。まあ座るがよい」
万場老人は3人をいろりに招いた。
「ご老人、先日はありがとうございました。俺は胸が熱くなって、この者たちに話しました。権太と正男と言います。それから、お願いですが、これからは先生と呼ばせてください」
「は、は。老いぼれだから老人で十分じゃが、勝手にせい。じゃが、先生とあっては、いいかげんな話はできぬわい」
4人の笑い声が炉に立ち登る煙の中に響いた。正助が口を開いた。
「先生は先日、湯の川地区には世界のどこにもない、ハンセン病の光があると言いました。俺たちには信じられないことです。そんなすごいものがここにあるなんて。まず、それを教えてくれませんか」
「おお、確かに申したぞ。若いお前と熱い話ができて、久しぶりに忘れていた若い血が燃えたのじゃ。気持ちが高ぶっておったが、間違いなくハンセン病にとっての光だ。今日はそのことから話すことに致そう。ちと難しい。根性を据えて聞くがよい」
万場老人はこう言って、飲みさしの茶を一気に飲み、3人の顔をじっと見詰めた。
つづく