シベリア強制抑留 望郷の叫び 一四九 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一四九

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 このように上からの力、あるいは外からの力によって強制される制度の下では、真の団結は生まれるはずはない。自律的な、納得づくの心の動きこそ、真の団結を支えるものである。敗戦によって、日本人は惨めにも心を失って、何でもソ連側の言いなりになり、奴隷のような姿になったことは、このような日本人の内なる力の欠如が原因だと私は思う。ハバロフスク事件における闘う姿は、初めて自分の生命を守るために立ち上がった人々の生き生きとした心の表れだった。闘争が長期化してゆく中で、日本人はついに、最後の手段である、まさに死を賭けた断食闘争に突入する。

 

九 ついに、断食闘争に突入する

 

 闘争は膠着状態にあった。作業拒否を宣言してから二ヶ月以上が経つ。主要な戦術として実行してきた中央政府に対する請願文書の送付も、現地収容所に握りつぶされているらしい。人々の団結は固く、志気は高いが、何とかこの状態を打開しなければならないという危機感も高まっていた。日本人は知恵を絞った。人材には事欠かないのである。元満州国や元関東軍の中枢にいた要人が集まっているのだ。

 かつて、天皇の軍隊として戦った力を、今は新たな目標に向け、また新たな大義のために役立てているのだという思いが人々を支えていた。人々は懸命に考えた。収容所側を追い詰め、中央政治に助けを求めざるを得ない状態を作り出す手段は何か。ただ一つである。それは、死を賭けた断食である。収容所の日本人全体が断食し倒れ、最悪の場合、死に至ることになれば、収容所は中央政府から責任を問われる。そういう事態を収容所は最も恐れるはずである。日本人は、全員一致して断食闘争に参同した。密かに計画が練られ準備が進められた。

 

つづく