シベリア強制抑留 望郷の叫び 九十八 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

シベリア強制抑留 望郷の叫び 九十八

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

四 捕虜となりシベリアへ

 

 敗戦となり、武器も取り上げられた日本兵の姿は哀れだった。今までは、天皇のため、国のため、あるいは家族を守るために勝たねばならぬ、そのために命をかけるのだという大きな目的があった。その目的が突然消滅したのだ。それは、心と身体を支えていた心棒が頭の先から引き抜かれたようなものであった。内地では、大きな混乱の中から、人々はやがて生活の再建のために力をあわせて立ち上がるのであるが、捕虜になった青柳さんたちは、心の支えを失った状態で新たな地獄へ向かわねばならなかったのである。

 青柳由造さんたちは、朝鮮から満州に入り、さらに北方の捕虜集結地を目指して日夜歩かされていた。皆、魂を取られたような顔、空腹と疲れで今にも倒れそうな姿であった。マンドリンといわれた機関銃を持ったロシア兵がまわりを監視し、落後する者は銃の台尻でこづき、逃げようとする者は射殺すると脅した。捕虜というのは、このように奴隷にされることかと青柳さんは悲しかった。それでも日本に帰れるならばという一縷の望みが支えであった。ロシア兵は、朝鮮は米軍が占領している、お前たちはロシアの捕虜になったのだからロシア領から帰国させるのだと説明していた。ソ連の方針は、抵抗を受けないで日本兵捕虜をシベリアに連行することであり、説明はそのために策略であった。

 終結地には、民間人も多くいた。そして夜ごと日本人女性の悲鳴、助けを求める叫び声が暗闇の中に響いた。夜間、女性が密かに用を足すために仲間から少し離れたところを狙っていたソ連兵に見つかり犯されているのだ。日本人に対する最悪の屈辱に対して青柳さんたちは歯ぎしりするばかりで、いかんともすることができなかった。

 

つづく