シベリア強制抑留 望郷の叫び 九 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

シベリア強制抑留 望郷の叫び 九

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 ホテルの外は緑の木々と、その間に点在する建物で視界は遮られている。私は、アムールの眺望を求めて、直感の命ずるまま、迷わず小高い丘へ通じる坂道を選んで急いだ。坂道は間もなく尽きて丘の上は広場になっており、その一角には、ロシア正教と思われる丸いドームを頂いた美しい金色の教会が建っている。振り返ると、この教会から一望する視野いっぱいに黒い大河が広がっていた。

 折しも雲の上の夕日は、天際を赤く染めてアムール川の中に没し去ろうとしていた。これがアムールの夕日かと私は、しばし呆然として神秘な自然のいとなみに見とれていた。そして、この光景は、かつての日本人抑留者を慰めると同時に、望郷の念を限りなく募らせたのではないかと思った。

 遥かな遠方に幽かに広がる黒い影は、アムール川の中州か、それとも中国か。豊かな水量をたたえた大河は、静かにのどかに流れている。しかし、冬ともなればアムールの姿は一変し、結氷した川面を伝わる寒気は私たちの想像を超えるものに違いない。氷の上を、ぼろをまといよろよろと倒れそうに歩く抑留者の姿が目に浮かぶ。彼方には、次第に濃くなる夕闇の中にシベリア鉄道の長い鉄橋が、一本の黒い線を張ったように見える。私は丘の上からアムールの水面近くまで下りた。アムールの水は、黒みがかった茶色に濁っている。彼方に目をやると巨大な流れは黒い生き物のように見える。いくつもの大きな支流を従えて無辺の大地をくねるさまは、正に黒い龍。中国人が、黒竜江と呼ぶのが分かる。私は、身をかがめて、アムールの水を掌にすくってみた。スープのようだ。塩原さんたちが、かつて、わずかな黒パンとスープでぎりぎりの飢えに耐えていたとき、よく口にしたという言葉を思い出した。

「ああ、今日も、アムールだ」

 実のない水だけの、目玉が映るようなスープのことを「アムール」と呼んだのだそうだ。

 昨日は、あれを渡ってユダヤ人自治州のビロビジャンへ行く。私は、夕闇の中にしだいに溶け込んでゆく鉄橋を見ながら思った。

 

つづく