甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第四十二話 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

 甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第四十二話

土日祝日は、毎日新聞に連載された小説「甦る田中正造」を紹介致します。 

 主催者は大学関係者を中心とした人々で、思想的には私が歩んできた保守の立場とは真逆の人々である。しかしそれ故にこそ、通常入手できない事実に触れられるに違いない。

 私の直感は当たった。今、その軌跡を辿ろうと思う。バスは一路足尾銅山に向かった。新緑は高い尾根を覆い大波が迫るようである。バスは流れに沿った道を縫うように走る。高い山の向こうに何があるかを想像すると、のどかな山々が無気味に感じられた。無慈悲な鉱山王と言われた古河市兵衛の砦が刻々と近づきつつあった。

 松木廃村跡に通じるある所に予定通り一人の人物が待受けていた。

受け取った名刺には、足尾銅山すのこ橋ダム安全対策協議会会長・上岡健司とあった。上岡さんは用意した分厚い資料を全員に配った。バスの中で、上岡さんは鉱毒被害の歴史を語り始めた。それは御自身が歩んだ道でもあるので、時々身の上のことにも触れる。意図せずに語るらしい人生の断片が聞く人の想像をかき立てた。

 龍蔵寺ではピラミッド型に墓石をつんだ慰霊碑と囚人墓地を見た。強制連行された中国人の慰霊碑では献花をし、私が挨拶をした。古河迎賓館ではこの地方を支配し、巨大な財閥を築いた古河の力とそれを後押しした国家権力の不気味さを感じた。

 バスは製錬所跡にさしかかった。その光景を見ながら、私は煙害の中で生きた足尾の人々は鉱毒に対してどのような意識をもっていたのか不思議に感じた。科学的知識のない人々は鉱毒の恐ろしさを正しく受け止めていなかったに違いない。すると、案内役の上岡さんは私の胸の内を察したかのように驚くべきことを語り出した。それは足尾町内、製錬所近辺の九集落全戸に対して実施したアンケート調査に関することであった。上岡さんは「回収率九十四%です」と驚異の数字をあげた。回答の用紙は住居の入口の所に飛ばないよう石が置かれていたものもあったと語る。

つづく