甦る田中正造 ー死の川に抗してー 第十八話
土日祝日は、毎日新聞に連載された小説「甦る田中正造」を紹介致します。
朝の町や村、草原に人々の歌声が響き渡った。鉱毒悲歌である。
「そもそも渡良瀬水源は
遠く流れを足尾より
関八州の沃野をば
貫き渡りて六十里
機業に名高き館林
其他沿岸村々は
皆この河の賜(たまもの)ぞ」
見渡す限りの大群衆の声は天地に轟き、それが一つになって燎原の火のように広がった。
「かてて加えて流毒は
渡良瀬川をかき濁し
その害いとど著るし
魚介の類はいうもさら
沿岸田畑は害されて」
「鉱毒は」と叫ぶ声、そして「沿岸田畑は害されて」と叫ぶ声は一層高く轟き、更に流毒が人間の身体に及ぶことを訴えるとき怨みの声は血を絞るように天地を震わせた。
「人のからだは毒に染み
孕(はら)めるものは流産し
育つも乳は不足して
二つ三つまで育つとも
毒の障(さわ)りに皆斃(たお)れ・・」
と、怨念の炎は何物をも焼き尽くす勢いであった。その様は戦国時代の一向衆が「進者往生極楽、退者無間地獄(進まば往生極楽、退かば無限地獄)」の旗を掲げて死をおそれず戦った姿を思わせた。時間は正午に迫っていた。
しかしここで大変な事態が起きた。雲竜寺の騒ぎを受けて、多くの警察や憲兵が体勢を整えて待ち構えていたのだ。政府は先の雲竜寺で、今(こん)署長等が手に負えなくなった事態を重く見たのだ。
衝突の地に建てられた記念碑は昔の情況を静かに語る。私は、その一語一語を息を詰めて読んだ。
つづく