甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第十七話 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第十七話

土日祝日は、毎日新聞に連載された小説「甦る田中正造」を紹介致します。 

 

人々は指導者から武器は何も持たないこと、抵抗はしないことを厳しく言われていた。しかし、サーベルを下げた警察官の姿は人々の心を煽った。今鐡平は大音声で怒鳴った。

「集会政社法により解散を命ずる」

 しかし、唯一人として動く者はなかった。鉱毒による死活問題に直面している人々にとって、警察の命令は渡良瀬の川面を渡る寒風程の力もなかった。巡査はいらだって本堂に土足で入り、被害住民の手を掴んで引き出そうとした。それに対して人々は「無抵抗の抵抗」を示そうとした。力の弱い者が引きずられようとすると、まわりはそれをかばって抱きかかえた。そうする間にも被害民は増え続ける。その場面の情況は群衆心理を煽った。騒然とした動きは今にも何かが起こることを物語っていた。そこに一人の指導者が騎馬で入って来た。わっと歓声が上がる。野口春蔵である。野口は請願運動の青年隊長として重要な役割を果たし川俣事件で前橋地裁に送られた人だ。彼は悲壮な表情で叫んだ。

「ここは我々の事務所だから他人が入ることは許さない。さあ、準備ができたら出発しよう」

 声には不退転の決意がこめられていた。これに応ずるように人々が動き出した。警官はこれを阻止しようとして一層激しく動き大きな混乱が始まった。本堂の中は火鉢が飛び障子が倒れ、梵鐘が突かれる。巡査は実力行動に出て殴った。被害住民たちはもはや無抵抗ではいられなかった。人々は更に増え、警察官は被害民に呑みこまれる状況である。警察官は事態が更に異常になることを恐れ到頭引き上げてしまった。一斉に人々の間に勝ち誇ったような歓声が上がった。夜は白々と明けていた。渡良瀬の川面に朝日が射している。広い川原を埋めた人々は二千人を超えていた。一人一人が燃えていた。一つ一つの炎が溶け合って巨大な一つの炎に化していた。

 午前九時、大軍が動くように行動は開始された。人々は雲竜寺を出てやがて利根川の北岸、川俣村に向かった。

つづく