甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第九話 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

 甦る田中正造 ー死の川に抗してー  第九話

土日祝日は、毎日新聞に連載された小説「甦る田中正造」を紹介致します。

 父との口論の中心が正造の天皇直訴であったことが示すようにこの事件は若者の血をたぎらせるものであった。正造は直訴してその場で殺されるつもりであったがつまずいて直訴状を馬車に投げ入れることは出来ず、殺されることもなかった。この点は失敗として田中は大いに悔いたが、結果は田中の意図に反して凄い反響を巻き起こした。特に心ある若者の正義感に点火したのだ。

 東京市美土代町の青年会館に於ける内村鑑三の演説は火を吐くように激烈だった。

「今、外国からどんな小さな土地でも占領されたらどうするか。諸君は黙ってはいられないだろう。今、それと同じことが起っているのです。古河という男にあれだけの土地を取られ、人命を犠牲にされ、諸君はどうして黙っているのだ」

 この演説は、内村の発言ということもあって学生に大きな影響を与えた。後に京大教授となり、また貧乏物語を書いた河上肇は興奮して、着ていた服を脱いで被害地に送ってくれと言って渡し、甘粕憲兵大尉に虐殺されたあの大杉栄はこれを機に社会主義者になったとも言われた。

 内村の熱い思いは、時代の激浪に流される青年の心に導きの光を与えたといえる。私はSさんに言った。

「群馬には上毛カルタがあって、群馬出身の内村を心の灯台内村鑑三と歌っていますが、何をもって心の灯台なのか、多くの人は知りません」

「そうですか。こちらには佐野カルタがあって、同じ“こ”で始まる言葉は“鉱毒に命をかけた正造翁”です」

Sさんはそう言ってしきりに頷いておられた。

つづく