人生意気に感ず「赤木さんの裁判・妻はまた夫を殺すのかと叫んだ。国交省の統計書書き換えの意味」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「赤木さんの裁判・妻はまた夫を殺すのかと叫んだ。国交省の統計書書き換えの意味」

◇時代劇のストーリーで言えば、妻が夫のあだを討つという大舞台である。夫の赤木さんは巨大な国家権力に破れ自殺した。現代社会のあだ討ちは訴訟の形で行われるが大方の予想を裏切って意外な展開となった。裁判を決定づけたものは「認諾」という耳慣れない言葉であった。認諾とは裁判で相手の請求を全面的に認めることで、これがなされると訴訟は終わりとなり相手は何も出来ない。一見勝訴のように見えるが今回は違う。原告である故赤木さんの妻雅子さんの目的は夫を追い詰めた権力側の経緯を訴訟の場で明らかにすることであったが先へ進めなくなった。「認諾します」の申し出に対し、雅子さんの代理人弁護士は「不誠実で信義に反する」とその場で抗議し、雅子さんも「また夫を殺すんですか」と発言した。妻のひたすらの思いは真相を明らかにすることで夫の無念を晴らすことであった。「また殺すんですか」の言葉には最愛の夫を社会的に甦らせることが不可能になったという悲痛な思いが込められている。雅子さんは「夫に何と報告したらいいのか」と肩を落としたという。

◇この事件及び国交省の公用文書書き換えは政治と行政に対する不信を一挙に高めるに違いない。一般の国民は権力が見えない所で勝手なことをやっていると受け止める。赤木さんの問題は勇気ある妻の行為で霧の中の実態が指摘された。公文書書き換えは現在国会の予算委員会で激しい論戦が行われている。国交省が統計資料を書き換えた問題は会計検査院の指摘でも明らかになった。国会では「消しゴムで消した」とかが問題とされ国交相が二重計上の問題を両手を動かして説明する姿があった。役人は「古くからの習慣」と発言した。私はかつて群馬県で起きた旅費の不正支出を小寺知事が陋習(ろうしゅう)と表現したことを思い出す。悪いならわしという意味だ。

 しかし今回の国交省の事件は比べものにならない程重大である。基幹統計は政策の基礎でありその書き換えは政策への信頼を失わせるからだ。統計は本来国民のための公共財であり、私は政治の基礎であるから民主主義に関わる問題であると思う。国交省の役員は、悪意はなかったと言っているがその姿勢こそ問題である。国会の論戦で野党には迫力がない。首相は「GDPの統計には直接影響ない」と言うが事の本質はそんなことではない。国民の政治不信がまた加速するだろう。(読者に感謝)