人生意気に感ず「真鍋さんが突きつけた現実の課題。毎日新聞の連載終る」
◇真鍋さんのノーベル賞は、ノーベル賞の歴史の中でも画期的なものである。人類が直面する気候危機につき最も効果的といえる警鐘を鳴らしたからだ。これまでも政治家によって危機を訴えるメッセージは繰り返されてきた。しかしそれは政治不信もあって「またか」と受け止められ耳のそばを過ぎていく風の様であった。ノーベル物理学賞は政治不信とは無縁である。高速コンピューターを駆使して到達した科学の結論は地球を覆う暗雲を吹き払うように激しく悲しい音色となって鳴り響いた。そこには様々なメッセージが込められている。
その一つが日本政府の脱炭素政策に関してだ。政府は50年に温室効果ガス実質ゼロを実現すると宣言した。真鍋さんのノーベル賞は日本のこの政策に対して大きな影響を与えるに違いない。
また、恐ろしい気候危機の現実を私たち一人一人に対してノーベル賞という形で科学の権威でもって突きつけた。私が特に恐怖を感じるのは海水温の上昇である。それにより大気中の水蒸気が増えるから大雨になり大規模な洪水が多発する。これは現実に日本各地で起きている現象である。また海水温の上昇は温められた海水の体積を膨張させるから海水面を上昇させる。南太平洋では現実に住めなくなり移住する人々が続いている。真鍋さんたち科学者の研究によれば今世紀末までに気温の上昇を止めても温められた海水の膨張と海面の上昇は数百年続くと予測する。「気温の上昇を止めても」こういう事態になるとすれば、仮に止められなかったらどうなるのか。もう手遅れではないかと思われる。私たちの未来に何が待ち受けているかを想像すると恐ろしい。人生百年時代に進む今の若者は絶望に身を任せるだけなのか。
◇毎日新聞連載の「よみがえる田中正造・死の川に抗して」が今月16日で全て終了する。最後の2回は「連載を振り返って」である。田中正造は公害運動の元祖と言われるが民衆と共に泥にまみれて権力に対して闘った予言者でもあった。真の文明は自然を壊さないものであり人を殺さないものであるべきだという彼の文明観は時を超えて新鮮である。真鍋さんの業績は田中の文明観を支える力にもなったと思える。「よみがえる」と敢えて表題に付け加えたが現在よみがえらせたい気持ちが募っている。死の川・渡良瀬川は蘇りつつあるがそれは自然の回復がいかに困難であるかを物語っている。(読者に感謝)