人生意気に感ず「前畑、アベベ、円谷、遠藤、チャフラフスカ、感動の物語を再び」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「前畑、アベベ、円谷、遠藤、チャフラフスカ、感動の物語を再び」

◇今月のふるさと未来塾は24日(土)である。東京五輪開幕の翌日で、東京五輪が歴史的な祭典になることを受け止めて塾はオリンピックの歴史を取り上げることにした。古代ギリシャのオリンピックではその期間戦争の休止が誓われた。クーベルタンの提唱で始まった近代五輪の中にも「オリンピック休戦」として受け継がれている。オリンピックは「人類の理想を掲げるがそれは過酷な現実の中で歩みを続けてきた。オリンピックの精神を真っ向から踏みにじる大会はナチスによるベルリン大会であった。それでも女子平泳ぎの場面で「前畑がんばれ」の叫びが日本人を熱狂させた。日本女子初となった金メダルを必死で求めた彼女の姿はオリンピックの理想を写す光景として不滅のものとなった。1964(昭和39)年の第一回東京五輪は廃墟の中から平和国家として立ち上がった新生日本を世界に示す舞台となった。軍国主義を否定し、かつての日本以上に存在感を示した事実こそ平和の祭典にふさわしいものであった。この東京五輪に関しては、まずエチオピアの英雄アベベと円谷幸吉を取り上げる。マラソンは古代オリンピック以来祭典の花である。アベベと円谷には栄光と共に暗い影もつきまとった。オリンピックを人間の祭典として考える時、今後に活かすべき問題点があるのである。感動の人間像としては「オリンピックの名花」と言われたチェコのチャフラフスカと「体操ニッポン」の遠藤幸雄が胸を打つ。チャフラフスカは圧倒的な演技と美しさとは別に共産党の独裁政権に抵抗を示したという凄さがある。民主化運動への支持を貫いたのである。彼女の背景にはスポーツ、平和と政治との深刻な問題があるのだ。

 初の個人総合で金を得た遠藤は少年時代児童養護施設で育った経歴をもつ。彼はこの施設に生涯寄付を続けたと言われる。チャフラフスカは遠藤との間に体操を通して強い絆を築いた。遠藤がガンで大変な時、彼女は遠藤の主治医にメッセージを送った。「エンドーは師であり大切な友人です。医術、科学の力で助けて下さい。最大のお力を貸して下さい」。この時自身も病の床にあった。

 チャフラフスカは遠藤の没後、その墓参りと東日本大震災被災地の慰問を行った。そしてその翌年には被災地の子どもたちをチェコに招待した。このような姿こそオリンピック精神の現れである。この東京五輪を通しても、いくつもの感動の物語が生まれることを祈りたい。(読者に感謝)