よみがえる田中正造 死の川に抗して 第26回
ブログ愛読者の皆様、日頃の御厚誼に感謝申し上げます。12月28日から31日までは、毎日新聞に連載した部分をブログの載せてお送りします。連載の最新の部分です。尚、来る年は私たちにとって正念場です。ブログもこの覚悟で書く決意です。引き続き御覧頂ければ幸です。
群馬県民が注目した田中の演説とはいかなるものであったのか。
ところで、議場の人々は必ずしも田中を理解する人々ばかりではない。だから田中の傍若無人の演説に対しては常に激しい野次が起きていた。しかし、この日の議場はいつもと違っていた。田中の演説が終った時、ある議員は、特に壇上に登って次のように語ったのだ。
「今日は田中君の演説に大分感服致しましたが諸君が黙って謹聴されたことには更に大いに感心致しました」
この言葉に大きく頷く群馬県民の姿があった。
では、田中の演説を振り返ってみよう。
田中は議場を鋭く見据えて語り出した。
「地方官などが鉱毒に関し、人民を欺いたり力ずくで押さえつけたりという悪事をしきりに行っております。だから一日も早くこれを公に致し人民の苦痛を抑えなければならない。これが私の本日の目的であります。
足尾銅山の鉱毒が甚だしいので住民はこの鉱業を停止すべしという請願を必死で続けております。昨年、群馬県議会はこの鉱毒を停止すべしという決議を内務大臣に建議致しました。また沿岸の住民は群馬県民を含め続々と請願を提出中でございます」
沿岸住民の情況をしばらく語った後、田中は鋭くきっぱりと言い放った。
「私の質問の目的はこの鉱業を停止しなければならないということに尽きるのであります」
いつもならここで激しい野次が起るところだがこの日は違っていた。田中の言葉は静かな議場で人々の心を揺するように響いた。
「明治二十四年より四度の質問をし、今度は五度目の質問であります。農商務大臣の答弁はことごとく嘘を吐いておる。星霜七年、この間に鉱毒の害はおよそ十倍に達しました。政府は人民に嘘の答弁をすること、地方官は人民を欺くこと、これが彼らの職務になっているという感がある。これだから議会は政府を信じない、人民は政府を怨む。これを公平な目から見れば国家というものは値打ちがなくなって来ているということに他なりません」
田中はテーブルを叩いて叫んだ。国家の値打ちがなくなる結果として何が起こるかと問題提起し次のように指摘した。
「国家の価値がなくなれば、人民は法律に従わなくなる。人民が法律を守らなくなれば何を仕出かすか知れない。今、このような恐るべき事態が発生しているのであります。だから諸君にここで声を大にして一刻も早く訴えなければならないのです」
田中の言わんとすることは被害住民の蜂起が迫っていることであった。議場は水を打ったように静かであった。傍聴席には身を乗り出すようにして田中を凝視する先程の群馬県民の姿があった。田中は議場の状況を確認しながら奇妙な動きをしたと思うと何やらを取り出したのであった。
つづく