人生意気に感ず「“アウシュヴィッツの地獄を生きて”を読む。野獣のソ連兵と礼儀正しい米英兵」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「“アウシュヴィッツの地獄を生きて”を読む。野獣のソ連兵と礼儀正しい米英兵」

◇“アウシュヴィッツの地獄に生きて”を精読した。絶滅収容所を生き抜いたユダヤ人女性である。身体中をのたうつノミ・シラミ、ぼうぼうと青い炎を吐くガス室の煙突等々。アウシュヴィッツのことは「アウシュヴィッツの聖者コルベ神父」や「夜と霧」など多くの書物で読んでいたがユダヤ人女性としてのリアルな体験には息を呑む思いで収容所の世界に引き込まれていた。この書で特に注目したのは後半部分で描かれるソ連・アメリカ・イギリスの解放軍兵士の姿である。ソ連兵が手当たり次第に女性に乱暴をし尽くす姿はアウシュヴィッツの地獄であり、私は満州の悲劇を想像した。それに比べ、アメリカとイギリスの兵士は清潔で礼儀正しかったと語る。そこに至る看護婦ジュディスの告発を述べたいと思う。

◇第二次世界大戦の激化の中、ドイツが追い詰められる状況下でアウシュヴィッツにも変化が生じてきた。親衛隊の中にはドイツの敗北を意識する者もあってそれは収容者に対する態度の変化となって現われたらしい。アウシュヴィッツの上空も連合軍の空襲に晒されるようになった。東からはソ連軍の動きも近づいていた。漏れ伝わる情報を収容所のユダヤ人は神の手を見るように狂喜した。強制収容所には秘密の抵抗組織があってナチスの狂気を世界に知らせていた。連合軍の空爆は収容者への被害を避けるようになされたと言われる。このような中、アウシュヴィッツの収容者の大移動が行われるようになった。裸足の行進は地獄でありその道には倒れた死体が累々としていた。しかし高圧電線があるわけではないので逃げるチャンスはあった。ジュディスも隙を見て逃げることに成功。ドイツをめざす道々、情勢の変化の中でジュディスは多くの人に温かく助けられた。到達したドイツの街でジュディスは大変な地獄を知る。飢えたソ連兵の女性への乱暴である。兵士は避難者キャンプにまで押しかけた。女なら誰でもよく、80にもなる年寄りも例外でなく、特に8歳から13歳くらいが狙われた。ジュディスはウクライナの青年がこの人は悪い病気をもっているからと言って守ってくれたという。この恐ろしいことは4日間続いた後、司令官から暴行禁止令が出されたという。私は満州の悲劇はこれ以上だったと想像する。満州には多くのソ連の囚人たちも参戦していたからだ。米英の兵士は礼儀正しかったという。それは日本占領の米兵についても基本的には当てはまることであった。(読者に感謝)