人生意気に感ず「長崎の雨に立つ教皇。13億人の頂点は何を訴えたか」教皇来日その2 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「長崎の雨に立つ教皇。13億人の頂点は何を訴えたか」教皇来日その2

◇24日午前、ローマ教皇フランシスコは爆心地公園に立って核廃絶を全世界に向けて表明した。カトリック教徒13億人の頂点に立つ教皇の言葉の影響は測り知れない。唯一の被爆国日本の、しかも長崎の地から発せられた核廃絶のメッセージには特別の意味がある。長崎は被爆地であると共にカトリックにとって特別の意味があるからだ。長崎は長い間禁教の弾圧に耐えた隠れキリスタンの地でもあった。その人々が明治になって姿を現した時、世の人々は奇跡として驚いたのである。浦上天主堂は長崎のカトリックの象徴である。

◇教皇は雨の中で献花し黙祷を捧げ、1000人の被爆者を前にして訴えた。「この町は核兵器が人道的にも環境の面でも悲劇的な結果をもたらすことの証人であります」、また「武器の製造や維持に多額の費用が使われていることは途方もないテロ行為なのです」と述べ、核軍縮と核不使用の決意を表明し、特に世界の政治指導者へ向けて「核兵器は国家や世界の安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではありません」と訴えた。

 ローマ教皇の長崎訪問は1981年のヨハネ・パウロ2世以来38年ぶりである。特設ステージには今年8月に米国から里帰りした浦上天主堂の「被爆十字架」や被爆後の長崎で撮影されたとされる弟を背負った少年の写真が展示された。これは教皇が「戦争が生みだしたもの」というメッセージをつけて配布を指示した有名な「焼き場に立つ少年」の写真である。業火で焼き尽くされ荒涼と広がる地獄にぽつんと立つ少年の姿は教皇の姿を特に捉えたに違いない。

◇教皇の言葉にあった「テロ」の表現は凄い。平和を祈る教皇は長崎の地に立って時を超えた怒りに震えたのだ。2001年9月、ニューヨークで衝撃の同時多発テロが起きた。二つの高層ビルに飛行機が突き刺さり、崩れ落ちる光景は信じ難いものであった。日本を含めた多くの人々がアメリカ側に立ってテロを非難した時、被爆者である原爆資料館元館長は「原爆投下はまさしくテロだ」と指摘した。教皇の胸にはこの発言がリアルに甦っていたのではなかろうか。82歳の教皇は元気である。その姿は「人は心に信念と理想を失うとき朽ち果てる」というウルマンの詩を思い出させる。超高齢社会にあって元気を失っている日本人に老いに挑戦する力を与える教皇の姿であった。(読者に感謝)