小説「死の川を越えて」 第44話
ある日のこと、さやが正太郎を湯にいれていると戸が開いた。湯けむりの中に姿を現したのはこずえであった。
「まあ」
「正太郎ちゃん順調ね。ずい分大きくなったみたい」
こずえの声が弾んでいる。
「ねえ、さやさん。私、思い切ってここに来たのよ」
並んで体を流しながら、こずえは意外なことを言う。
「何のこと」
さやは、湯けむりを手で払ってこずえの顔を覗き込んだ。
「ここ見て」
「あっ」
さやは、思わず大きな声で叫んだ。
こずえの大理石を刻んだような白い二の腕に、うっすら赤い斑点がある。
「私たち不思議な縁を感じるの」
秘密を打ち明けるこずえの声は明るかった。
「さやさんと京都大学に行って、あの先生の話を聞いた時、さやさんと同じように感動したの。私も同志なの。力を合わせましょうね」
さやとこずえは思わず、手を握り合って喜んでいた。さやはあの時、こずえが自分のことのように喜んだ姿に合点がいった。正太郎の元気な泣き声が湯屋に響いた。
ある日、さやは正太郎を抱いて、こずえと共に万場老人を訪ねた。こずえを通して会いたいという知らせがあったのだ。
「正太郎君が元気で何よりじゃ。重要な話がある。正助は今、韓国におる」
「えっ、韓国ですって」
突然の老人の言葉にさやは思わず叫んでいた。
※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。