小説「死の川を越えて」 第7話
「娘さんを助けに来た。俺を信じて任せてくれ。事は急ぐ。身一つでいい。安全に暮らせる場所に連れていく」
「お、お前様はどちら様で、娘を一体どこへ」
「安全に暮らせる所としか言えねえ。詳しいことを知らねえのがお前さんのためだ。父っつあん、俺の目を見ろ。命がけで来た」
しばらくやり取りがあった。その時である。襖が開いて、一人の小娘が進み出て両手を突いた。
「お父っつあん、陰で聞いていました。巡査に調べられたら、あたしは死のうと思っていました。このおじさんを信じます。救いの神様です。どうか、その安全な所へ連れていって下さい」
「おお、よくぞ言った。着たままでいい。死んだ気になれば怖いものはねえ。いいか父っあん、騒ぎになるだろうが、お前は何も知らねえんだぜ。そこに巡査が倒れている。誰かが押し入って娘を無理矢理連れて行ったことにしねえ。巡査はどこかの女衒だと思うだろう」
母親も娘の側に座り、ぼうぜんとして事の成り行きを見ていた。
「お父っつあん、おっ母さん私は行きます」
「おさや」
母と子は抱き合っている。
「落ち着いたら連絡をする。女衒でねえことは信じてくれ。今は、六蔵さんに頼まれた者とだけ言っておく。ではな」
仁助は近くに繋いでいた馬を引き出してきた。日はとっぷり暮れていた。仁助と娘を乗せた馬が闇の中に消えていく。ひづめの音が小さくなっていった。
湯の川地区では享楽の中で改善の動きが起き、宗教が登場する。博徒と宗教の結びつきは、湯の川地区であればこその展開を示した。
その頃、湯の川地区では、真宗の説教所をつくる話が進んでいた。人々がまっとうな生活をするように導くといううわさであった。仁助はこの動きに反対であった。
〈坊さんどもに何が出来る。地獄の釜の中で生きる俺たちにとってばくちは苦しみを忘れるせめてもの慰めだ〉
彼はいつもこう思っていた。
※毎週火・木は、上毛新聞連載中の私の小説「死の川を越えて」を掲載しています。