小説「楫取素彦物語」第202回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第202回

 やがて山室から楫取様のお許しが出て日時も決まったと連絡があった。ことは大きな決意をして東京に向かった。心には複雑なものがあった。モルフィに会うことは大変に懐かしいことであった。楫取という貴族院議員に会うことは大変に名誉なことに思えた。しかし、また、この三人に会うことは、捨てた自分の過去と再会することでもあったのだ。

 楫取に会う前に三人は会った。

 モルフィが嬉しそうに言った。

「やー、大崎ことさん、懐かしいです。山室さんから聞きました。すっかり厚生して、立派な人生を歩んでおられる。」

「お恥ずかしいです。すべて皆様のお陰です。神様のお陰です。」

 ことは深々と二人に頭を下げた。そこには新満楼の遊女の面影は微塵もなかった。

 それを見てモルフィが続けた。

「私たちの大きな悩みは、廃業して完全に立ち直る人が少ないことです。あそこに身を落とすと、人間は心も大きく傷つきその回復が難しいのです。世間の冷たい目、偏見も大きな壁です。ことさんのように理解ある男と結婚し、キリスト教に入信までされた。奇蹟です。神様の力です。あなたのような人が一人でもあると私は、私の運動が間違っていなかったと救われる思いがします。本当にありがとうございます。」

 白髪が増えたモルフィの目に涙がにじんでいた。

 この時山室軍平が言った。

「さあ、楫取様がお待ちです。参りましょう。」

 明治四十年、楫取素彦翁は七九歳に達していたが、まだかくしゃくとして、時々宮中に出任していた。楫取翁との出会いは翁の行動計画の合間をとらえ関係者の特別の計らいで実現した。モルフィが口を開いた。

「お久しぶりです。あれから十何年か過ぎました。あなた様にお会いし、廃娼の原点と歴史を知りその後に運動に進むことが出来ました。あなた様にご紹介いただいた穂積博士にも大変お世話になりました。心から礼申し上げます。こちらは救世軍の山室軍平殿、そしてこの者は新吉原の郭から我々が救出した山田ことと申し現在立派に更正しキリスト教徒となり孤児院で働いておる者でございます」

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。