人生意気に感ず「私の小説・死の川を越えて。首相の真珠湾訪問の意味」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「私の小説・死の川を越えて。首相の真珠湾訪問の意味」


◇小説「死の川を越えて」の連載が始まった。ハンセン病に関する人間ドラマということで静かな反響が広がり始めた。そのことを感じながら議会の自民党控室を訪ねると、話題になっていた。ハンセン病は県政の課題でもある。やがて県議会のことも小説で取り上げるので、ここで小説のことを話したいと申し入れ、団総会でその機会をもらうことになった。

 ついで野党のリベラル群馬の控室に顔を出した。現職の頃から通じるものがあったが、バッジを外して垣根がなくなった感じ。某議員にサインを求められた。私が白根開善学校を描いた「遥かなる白根」である。開善学校を視察して入手したという。教育の原点を見詰める姿勢を感じた。

 

◇昨日の敵は今日の友。太平洋戦争で日本は国の存亡をかけて戦った。無謀な勝ち目のない戦いであったが、火蓋が切られたなら戦わねばならない。多くの若者が祖国を守るために雲の彼方に消え、あるいは海の藻屑となった。彼らの死があるから今日の日本と我々がある。彼らの死を無駄にしてはならない。

 

 あの太平洋戦争は昭和16年(1941)12月8日、真珠湾への奇襲攻撃で始まった。あれから75年が経った。今月26日安倍首相は真珠湾を訪ね、あの時の犠牲者を慰霊するという。20歳だった若者も95歳である。アメリカの元兵士が語った。「日米両国がここまでたどりついたことは素晴らしい」と。戦いが激しかったことは、今では懐かしい思い出になっているに違いない。戦った兵士たちには、恨みはない。むしろ戦争を知らない人々の心に恨みが生まれる恐れがある。安倍首相の慰霊は、今後の日米の新しい絆を築く上で重要なのだ。トランプ大統領との間で新しい歴史の扉を開く上でも非常に重要である。侵略戦争の犠牲者という思いを抱く中国は、安倍首相の動きを複雑な思いで見ているだろう。

 

◇「死の川を越えて」は小説の形で差別の世界の重い扉を開こうとするもの。毎週月火。5日の上毛新聞は第一面で次のように紹介。「国策で人権を侵害された患者の苦悩、差別や偏見との闘いを描く人間ドラマです」。フィクションであるが背景は歴史的事実。不思議な老人万場軍兵衛とこの老人を訪ねる美女。正助はさやの腹に子をおいて戦地に向かう。戦雲が急を告げる中で「らい」の存在は「聖戦」を妨げるという思想が広がる。無知が差別と偏見を生む。(読者に感謝)