小説「楫取素彦物語」第170回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第170回

  楫取が播いた種

 

 

 明治三九年十一月九日、午後七時より、前橋市の赤城館で矯風大演説会が開かれた。聴衆は開会前から押し寄せ、入場を制限する程であった。聴衆の関心を集めたのは、外国人宣教師モルフィだった。当時、外国人は地方都市前橋市の人々にとって珍しい存在だった。前宣伝には、「我が矯風史上の勲功者・娼妓自由廃業の偉績者・モルフィ氏」とあった。

一体何を語るのか。人々の好奇の視線を集めて、登壇したモルフィは、流暢な日本語で語り出した。

「公娼制のない前橋に来て矯風演説をなすは極楽にいって説教をなすようなものですが、今、公娼制を置こうとする動きがあると聞いては、一言、発言しないわけには行きません」

 モルフィはこう切り出した。これは、日露戦に勝利して日本が軍事大国としての歩みを進める社会情勢と関係していた。国は軍備拡大と平行して遊郭の設置を図ろうとしていた。群馬県では明治三八年、高崎市は、高崎連隊のために公娼を設けようとしていた。日露戦争の直後のことである。公娼により梅毒蔓延を防止せんとする理屈であり、かつて県議会で議論されたことの蒸し返しであった。

 モルフィは叫んだ。

「戦勝の勢いに乗って遊郭を新設すれば、戦争がいよいよ文明の破壊者であることを示すことになります。私は廃娼県群馬の名誉のために、日本の女性解放を一層進めるために、私の経験を、敢えて、皆さんの前で話します。皆さん、聴いてくれますか」

 ワーツと賛同の拍手が起きた。人々は紅毛碧眼の外国人が流暢な日本語で群馬の名誉を語ることに異常な関心を示した。

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。