小説「楫取素彦物語」第161回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第161回

 二人は執拗に交渉したが、知事病気を理由に会うことは叶わなかった

 二人は内事課長に会って言った。

「何故、貸座敷を復活させようとするのか。群馬がようやく誇りを打ち建てようと一歩踏み出したのに、なぜそれを否定するのか」

 二人は激しく詰め寄ったが責任のない小役人では要領を得ない。若者は、県行政の不誠実に腹を立てるばかりであった。

 そこで、青年会は再び会議を開いた。

「天皇に任命されたから辞任できないというなら、天皇に訴えようではないか」

これに対して石島が発言した。

「天皇に訴えることは出来ない。天皇の政府に訴えるという意味だろう。それなら賛成だ。担当は西郷内務大臣だ」

「おお、あの西郷隆盛の弟の西郷従道さんか。面白いではないか。あの西郷さんと同じ熱い血が流れているに違いない。きっと俺たちのことを分かってくれるぞ。上毛の青年の心意気を天下示すことが出来る」

 このような意見が飛び交って、そうだそうだということになり、また、渡辺金次郎と石島良三郎の二人が上京することになった。

 二人は上京し、西郷邸を訪ね面会を求めた。

石島が緊張した表情で言った。

「御在宅とうかがってお訪ねしました。群馬県の青年会です。天下の大事があって陳情にまいりました

 執事は渋い顔をして言った。

「直接訪ねられても困る。大臣は非常に忙しく、予定もあるのだ」

「私事ではなく、上毛青年会の決議で参上したからには会ってもらわねば引きさがれません」

 金次郎はこう言って決意のほどを示した。

「今は取り込み中でまずい。内務次官に連絡しておく。もし次官が会わないときは大臣が会うであろう」

 そこで石島は白根内務次官に会って群馬県の廃娼運動の経過と現状を次のように訴えた。

「当時の楫取県令は明治十五年の県会で、六年間の猶予を与えて二十一年6月限りで廃止する命令を出しましたが、佐藤知事はその期限に至って当分延期の旨を達せられたのです。そして今年三月、何としたことか、上毛の十の貸座敷のうち、安中、新町、妙義町の三ヵ所だけを廃止し、他の七所はそのまま存置する旨を発令したのです

 石島がここまで話すと、渡辺が続けた。

その理由はとても承服できません。現在前橋では、楫取先県令の記念碑を設けようとしており、すでに二、三千円の金も集まったと聞きます。廃娼論は、今、上毛の世論であります。それは世の中を動かしたのです。初めがよかったことは終わりもよくしたいものです。これは上毛のためであり、日本道義のためであります」

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。