小説「楫取素彦物語」第129回
第一回の県会は五月二日に開かれたが楫取は姿を現さず次のような告示を示した。
「広く民衆の考えを反映させることを目的とする県会の開設であり、議員の責任は実に重い。質疑のいかんにより無限の福祉の実現になり、あるいは全てが小さく滞ってしまう。今回は今後の模範となるべき第一回の議会なのでより一層の正当で練実な議論を尽くすことを望む」
よちよちながら第一回の県会がスタートした。選挙の原理も議会の権限も今日のそれとは全く異なっていた。役人の態度も不遜、横柄、高飛車であった。議員の発言の言葉尻を捉えて
「よく考えてものを言え」
と発言した役人があった。明治時代の役人は天皇の臣であった。
しかし議会も負けてばかりいない。議員は新しい時代の役割を担うのだという気概を持ち議場には清新な緊張感が流れていた。
星野長太郎と役人との次のやりとりにそれが現れている。役人は、議長、議員等のテーブル掛け購入に関し提案した。
「もっと立派なものを購入したい」
これに対して星野は胸を張って発言した。
「議会は人民の代表として予算を審議するところである。寄せや見世物ではない。何も外見を飾るには及ばない」
この格調の高い正論の基礎に議会がやがて廃娼論を展開する力が潜んでいた。
この第一回議会で早くも、娼妓貸座敷をめぐり、
「娼妓は醜業なり、他の人民と同一視すべきでない」
等々の議論が顔を出した。
※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。