人生意気に感ず「3・11が近づく。あの日のこと。国会事故調。東電の責任」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「3・11が近づく。あの日のこと。国会事故調。東電の責任」

◇3月11日が近づいた。東日本大震災と福島第一原発事故。あれは何だったのか。事故は未だ終わっていない。しかし、多くの人々の意識の中で過去のものになりつつある。享楽が渦巻き、人を騙すことが常態化した社会では自分が無事ならよいという感覚が普通になってしまうのも無理からぬことか。

 あの日、最後の選挙であることを秘かに決意して、私は選挙事務所予定地の公民館にいた。小坂子公民館は赤城山を背にして立ち、上空は灰色の雲が覆っていた。私の心を何か不安にさせているものは、間もなく始まる激しい選挙戦のことが原因に違いなかった。

 広いホールに居て立ち上がろうとして時である。突然不気味な轟音と激しい揺れが襲った。それは東の方角から赤城の山を揺り動かすように長く続いた。唯の地震ではないぞと咄嗟に思った。今思えば、あの時東北の太平洋沿岸ではかつて経験したことのない地獄絵が始まろうとしていたのだ。

◇東電元幹部に対する刑事責任の追及が始まる。原発事故の風化を食い止めるためにも意義のある訴訟になるだろう。折しも各地の原発の再稼働が問題になっている。原発は憲法と共に日本の運命を左右する課題である。

 私は、ふるさと塾でも取り上げた、国会事故調査委員会の報告書を読み返してみた。

「日本の原発は無防備のまま3・11の日を迎えることとなった」、つまり「この事故は何回も対策を打つ機会があったにも関わらず、東電経営陣等は意図的に先送りし安全対策がとられないまま3・11を迎えた」、このように人災であると指摘。そして具体的に多くの問題点を挙げる。その中でも注目すべきことは、事故時に当時の会長と社長が不在であった点。「原子力災害への備えとして本来あってはならないことであり、実際に二人の不在は、ベントや海水注入など深刻な経営判断を迫られる局面で連絡や相談に余計な負荷をかける結果となっており初動における迅速な事故対応の妨げになった」。刑事裁判の過程でこの点がどう追求されるのかにも興味がわく。国会の事故調査委員会はその使命を「国民による国民のための事故調査、過ちから学ぶ未来に向けた提言、世界への責任」としている。国会はこれをどう受け止めているのだろうか。小泉元首相が原発廃止を訴えているのは、事故調の提言に真摯に向き合おうとする姿だと思う。(読者に感謝)